絶景とご利益、鵯越大仏の魅力!
鵯越大仏の特徴
昭和7年に建立された、鵯越大仏は12.54mの大きさです。
海側に向いて坐っている大仏は眺望が素晴らしいです。
お墓参りの帰りに訪れると、心が癒される場所です。
神戸鵯越墓園北側高台にある鵯越大仏、戦前制作。
「なぜこんな場所に?」その違和感の正体を探る、重層的な歴史スポット2026年4月の補修直後に訪問しました。一見すると「山の入口に突如現れる、少し不思議な質感の大仏」という、いわゆるB級スポット的な印象を受けるかもしれません。しかし、現地の案内板や地形を深く読み解くと、非常に興味深い事実が見えてきます。1. 地形の「逆転」が面白いこの大仏は昭和7年(1932年)の創設当時、墓地の「頂上部」に建てられたそうです。その後の開発で周囲の山が切り開かれ、相対的に現在の「入口付近」へと位置が変わりました。かつて「見下ろしていた大仏」が、今は「迎える大仏」になっている——この立地の違和感こそが、神戸の都市開発のダイナミズムを象徴しています。2. 重なり合う「死の記憶」と古道ここは単なる墓園ではありません。源義経が「一ノ谷の戦い」へと進軍した古道であり、古戦場の記憶が眠る場所でもあります。古戦場、近代墓地、そしてその中心に立つ大仏。この場所は、時代を超えた「死」と「移動」の記憶が集約されている聖域のようにも感じられます。3. 補修後の姿と展望新装された大仏は肌が非常に整っており、高取山を望む展望台としてのロケーションも抜群です。また、少し離れた「ひよどり展望公園」まで足を伸ばすと、地元の登山会(烏原登山会)の方々の手仕事による整備の跡が見られ、今も地域の人々に大切にされている道であることが実感できます。【訪問のアドバイス】夢野白川線のトンネルを通るルートは大型車の往来が激しく、歩行には注意が必要です。しかし、その道中からふと山を見上げた時に現れる大仏の姿は、正面から見るよりも「風景の中に溶け込む構造物」としての独特な存在感があり、一見の価値があります。単なる展望施設として片付けるには惜しい、神戸の奥行きを感じさせる稀有な場所です。歴史好きや地形ファンの方には、ぜひ現地での「検証」をおすすめします。
今日お墓参り帰りの園内バスの中でなんかめちゃくちゃ気になって初めて行きました圧巻でした😳✨️凄いの一言ですおいしいじゃなくて、美味(びみ)って感じです🤣めちゃくちゃパワーというか、力を貰えた気がしました🔥💪展望台ですから景色も絶景で、最近恐ろしく晴れてますから、それはそれは綺麗でした☀️龍神さんみたいな雲を見れたから🐲なんかご利益ありそうだなと思ってたら、その後の買い物でとても嬉しい事があって、今日行って良かったと思いました😁
明石焼き食べるツーリングの帰りに。景色が良さそうだったので。まさか回りが墓地とは思わんかった。
見晴らしのいい場所です🤩天気が良くて泉南市まで見えました。
近くで観る大仏さんもいいですが、やっぱり見慣れた距離感から眺める方が安心します。ちょっと気になるのが鐘楼から下ろされた鐘。ずーっとこのままなのでしょうか・・・
読めない!「鵯越(ひよどりごえ)大仏」道を走っていると大きな大仏さんが見えるので行ってみると、霊園墓地の入り口に座っておられる。その霊園は非常に大きく、団地?って思う様な案内板があって区画整備がされている。大仏さんへは車を止めて階段を登る。見晴らしもいいけど、霊園が広過ぎてなかなか手が回らないのでしょう、ちょっと痛んでいたかな。けれど見られて満足!
神戸市立鵯越霊園の中にある大仏。神戸市により4年の歳月を費やして建立された。1932年12月3日に京都の大覚寺門跡導師により開眼された。子どもの頃、よく大仏の台座や手のひらの所まで登っていました。大仏の後ろ側に回る小道があり、今でも登れます。が、柵もなく、老朽化も進んでいるので気をつけてください。あくまで墓地の中にあるもので、観光用では無いです。あまり騒ぐとバチがあたるかもしれません。ここにお墓がある方以外は、神戸市民でも知らない人の方が多いと思います。大切にお参りしましょう。
今では墓園の入口付近になっていますが、かつてはお墓を見守る位置に座っておられたのかと、思いを巡らせて帰って来ました。
| 名前 |
鵯越大仏 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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今も昔もずっと鵯越のお墓を守ってくださっています。ただし、近所の子どもたちにとっては「いい遊び場」だった時代もあり、肩に乗っただの、頭に登っただのという武勇伝は多々。とどめに、螺髪をむしりとって学校へ持ち込んで自慢した悪ガキもいたとかいなかったとか。『幸福の王子』を思い出してしまいますね。こちらの仏様は最近お色直しをされたようです。