抗議の歴史が息づく甲南。
天保義民メモリアルパークの特徴
天保義民メモリアルパークは歴史的背景が深い場所です。
1842年の農民一揆を記念する重要な公園です。
大塩平八郎の乱後の抗議行動が語り継がれています。
天保飢饉による幕府の不正検地に対し、百姓たちは立ち上がり、一揆を起こした。矢川神社の鐘を合図に、数千人集まり三上村(野洲町)役人本陣を目指し、最終的に四万人を超えたとも伝わり、見事検地十万日日延(2116年まで検地中止)の証文を勝ち取った。一揆後、多くの参加者が処罰され、指導者たちは厳しい拷問を受け、獄中死した。
| 名前 |
天保義民メモリアルパーク |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大阪での天保8年1837年「大塩平八郎の乱」の五年後、ここ甲南の地においても、天保13年(1842年)幕政の非道さと不条理な検地に2000人近い農民は抗議した結果、取立て延期「十万日の日延べ」を勝ち取っている!その後、抗議に加わった村の人々は江戸送りで途上過労死する者や到着しても獄死する者が多かった!更に、幕吏は巧妙にも加わった村や加わらなかった村を分断し鎮静化を図っている。いずれにしても、これらは幕藩体制の崩壊につながり、近代国家の礎にもなっている........。