雲出川沿いの霊場、36体の石仏!
開運毘沙門天王霊場の特徴
雲出川の堤防沿いに位置し、自然の景観が楽しめます。
以前の毘沙門天お堂の跡地で歴史を感じる場所です。
静かな雰囲気の中で心を落ち着けられる体験ができます。
三重県津市雲出島貫町の霊場です。伊勢街道と県道413号線が交差する信号交差点を西に進んで直ぐ南に有る道を入って南に進んだ先に有ります。現在は、広い敷地の北側に石造りの祠が並んで居ます。ここで三十三箇所の霊場巡りが出来る様です。一部、中が空いている祠が有ります。敷地の南側の私有地と思われる倉庫の前に「開運毘沙門天王霊場」と彫られた石柱が有ります。その石柱の右端には「北畠大納言守護尊」とも彫られており、国司北畠氏と関連が有るのかも知れません。敷地の廻りは細い木柱とロープが張られて有るだけで、特に由来書き等は有りません。ロープに吊るされていた看板は「犬のフン持ち帰ってください」の津市の掲示物でした。祠が並んでいる南側の広い敷地には以前は毘沙門堂が有ったそう。今は無くなっています。嗚呼!我を加護する毘沙門天は何処に!?
謂れが知りたいです。
雲出川の堤防沿いにあります。敷地内に島貫の松もあります。
空き地の部分に、以前は毘沙門天お堂が建っていたそうです。
| 名前 |
開運毘沙門天王霊場 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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西国三十三所札所霊場の観音像を模した砂岩の石仏を含む36体の石仏があります。霊場の番号の他に地区ごとの名前、一家の名前と色々と刻まれています。農機具販売店の名前もありますから、作られたのは昭和くらいでしょうか。ただ、33カ所札所の観音像以外に三体の石仏があり、その一つは光背がわかる程度で何だったのか分からないほど風化してはっきりしませんが、それが開運毘沙門天のようです。砂岩を使ってますから風化が早いのですが、古くても江戸時代後期くらいでしょう。ここに戦の神様の毘沙門天がある由縁は南北朝時代の北畠顕家関係。建武5年(1338年)2月14日、岐阜の青野原の戦いで辛勝した南朝の北畠顕家が足利尊氏の命により出撃した高師泰・師冬・細川頼春・佐々木氏頼の先発隊と交戦したという雲出川の戦いの関係です。ただ、北畠顕家にとっては伊勢に来たのが開運だったかは微妙なところで、北畠顕家が伊勢ではなく越前に向かい新田義貞と合流すれば南朝に勝機はあったと、室町時代の歴史文学の太平記には記されています。