徳川氏発祥の地で感動参拝。
永徳寺の特徴
縁切寺の目の前に位置する、歴史を感じる場所です。
徳川氏発祥の地、歴史ある天台宗のお寺があります。
さつきが咲く時期には、美しい花々を楽しめます。
縁切寺 満徳寺資料館を訪ねてきたのですが、駐車場から「徳川氏発祥の地」という大きな看板の下に「徳川永徳寺」と書かれていたので、どのような関わりがあるのかと思い立ち寄りました。永徳寺は、天台宗最澄の弟子・宥海上人によって創建されたそうです。徳川氏の祖、新田義季が徳川郷に居館を構えると、薬師如来を深く信仰し、永徳寺を祈願所としたという経緯があるそうです。家康が江戸幕府を開くと、 将軍家先祖発祥の地として、徳川郷四百五十石がすべて朱印地とされ、永徳寺も五十石の朱印地を拝領したそうです。洪水や火災で何度も移転、再建されたそうなので当時とは違うのでしょうけれど、獅子や鳳凰、龍の見事な彫刻が施された、とても立派な建物です。賽銭箱には三つ葉葵の御紋が描かれていますが、瓦には藤の花と藤の葉をモチーフにした下がり藤の紋が施されています。さきほど、徳川東照宮をお参りしてきましたが、その拝殿は、かつて境内にあった権現堂(徳川家康を祀る)を、大正十三年(一九二四)に移したものなのだそうです。以下は、永徳寺入口にあった由緒書です。永徳寺所在地 太田市徳川町三七四本尊 薬師如来医王山和光院永徳寺 天台宗寺伝によると、天台宗の開祖伝教大師最澄の弟子・宥海上人によって、大同元年(八〇六)に創建され、関東最初の天台三道場の一つであった伝えられています。建久三年(一一九二)、徳川氏の祖新田義季が徳川郷に居館を構えると、薬師如来を深く信仰し、当寺を祈願所としました。徳川家康が江戸城に入った翌年の天正十九年(一五九一)に、 将軍家先祖発祥の地として、徳川郷四百五十石がすべて朱印地とされ、年貢課役免除・守護不入の特権が認められたとき、永徳寺も五十石の朱印地を拝領しました。寛永年間に天海僧正が世良田の長楽寺を再興し、長楽寺を天台宗に改宗した際には、永徳寺が長楽寺の末寺百余ヶ寺の筆頭とされ、 長楽寺における灌頂(密教で阿闍梨から法を受けるときの儀式)の教授役を、代々永徳寺の住職が勤めることが定められました。歴代受け継がれてきた蓮華流灌頂の巻物三十五巻が当寺に保存され、中世の写本と推定される七本を含むそれらの貴重な伝法関係聖教文書は、『群馬県史・資料編5』に全文収録されています。江戸時代、元禄、宝永など度々利根川の洪水にあって、寺地も何度か移転しましたが、文化十四年(一八一七)には火災によって堂宇がことごとく焼失したため、長楽寺は円雄を住職として派遣し、永德寺の再建にあたらせました。円雄は、文政六年(一八二三)に寺社奉行より本堂再建助成のため、 上野、武蔵二ヶ国の勧化(寄附を募る)許可を得て奔走し、二千七百五十余両の浄財を集め、弘化二年(一八四五)に本堂・庫裏・諸堂・ 築地石垣等の造営を成し遂げました。かつて境内にあった権現堂(徳川家康を祀る)は、大正十三年(一九二四)に徳川東照宮の拝殿として移されました。明治四十一年には、徳川河岸にあって船頭たちの守本尊とされてきた不動様の御堂を移築しました。本堂脇に現存する子育地蔵堂の本尊は、子どもの病を治す地蔵様として信仰を集めてきました。また、境内には利根川に身を投じた相思相愛の心中者を共に葬った「比翼塔」が二基あるのが注目されますが、いずれも男女の寄り添う姿が浮き彫りになっています。永徳寺の市指定重要文化財国境争論幕府裁許絵図・裏書杉戸絵(正田家三十代当主・隼人源義芳筆)令和七年(二〇二五)三月太田市教育委員会。
来訪日:令和7年5月3日(データ)宗派:御本尊:①建物:あり②住職:在住③管理人:住職④駐車場:あり⑤トイレ:あり⑥堂内写真撮影:⑦御朱印:⑧ご開帳:⑨札所:-(コメント)・境内きれいにされていて気持ちよく参拝できました・本堂入口の木鼻の彫物が見事。
縁切寺の目の前にあります。徳川発祥の地と書いた看板が目印です。古い石碑が建てられおり、歴史を感じさせるお寺です。
徳川氏発祥の地、徳川永徳寺に立ち寄りました。さつきが綺麗でした。
天台宗のお寺です。さつきが有名なお寺らしいです。雑草で有名にならないことを祈ります。御朱印はやめだそうです。
醫王山和光院永徳寺は群馬県太田市徳川町甲にある天台宗のお寺。宥海上人(伝教大師最澄の弟子)が開山と伝わり、平安時代の大同元年(806年)の創建です。鎌倉時代には徳川家の祖となる徳川義季がこの地に居館を築き歴代の祈願所としました。江戸時代には家康の孫の家光(三代将軍)が日光東照宮の社殿を新しく建立し、父の秀忠(二代将軍)が建立した社殿を世良田に移します。これが世良田東照宮の創建で今でも拝殿となっています。また永徳寺は徳川家縁の寺院 だつたことから境内にには権現堂が建立されていましたが、大正13年(1924)徳川東照宮の拝殿として移されました。今回、永徳寺を知るに中ってこのようなことが知れて収穫に成りました。
天台宗永徳寺。さつき寺として有名なようで、沢山植えられています。万徳寺の向かい側にあり、『徳』の字があることから、徳川ゆかりの寺院であることが推察できます。由緒書きを読むとやはりゆかりの寺院で、長楽寺再興の際、永徳寺は末寺の筆頭として存在していたようです。更に、永徳寺にあった御堂を移築して、徳川東照宮の拝殿としているようです。なかなか、知ってみると見る目が変わります。
満徳寺の駐車場から道を渡ったところに長徳寺がありましたので足を延ばしてお参りしました。厳かで静かなお寺です。
花が好きならさつきが咲く時期に行くと良いかも御朱印はやっていませんでした。
| 名前 |
永徳寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0276-52-1856 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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道の反対側の縁切寺には行ったが、夕方になり時間切れでこちらは見れずということで、あらためて寄らせていただく。大晦日の昼ということで、誰もおらず静かでした。