狛犬スタンプラリーで最高の出会い!
熊野神社の特徴
狛犬ファンにとってはじめちゃんが鎮座する神社です。
狛犬の初期の姿に近い美しい狛犬が特徴的です。
口コミでも話題の印象的な狛犬が見られます。
一の鳥居前の狛犬も立派だし、本殿前の狛犬も愛嬌があってかわいいです。
新旧の見事な狛犬がみられます。参拝を終える頃に信徒さんが来られて楽しいお話ができました、綺麗にされている神社でした、見どころもあり地元の方に大切にされている神社ですね!今日は良いときにきたな!明日は大雪になるぞと…
狛犬のスタンプラリーのため参拝させていただきました。シンプルな狛犬ですね。狛犬らしくないというか。初期のものはこういうものなのでしょうか。祭礼だったのか、幟があがり、拝殿の扉も開け放たれていました。それでもひと気はなく、静かにお詣りさせていただきました。ありがとうございました。
神社にははじめ狛犬(通称はじめちゃん)が鎮座しております。あ、うんの表情を一生懸命作ってるようで愛らしいです。近くに住む宮司様が神社の管理を行っており綺麗でした。
狛犬が印象的。
狛犬ファンにとってこの狛犬は最高!!なんとも言えないフォルムと吹き出しそうなほどひょうきんな表情に愛着が湧きます。近所の方と少しお話してたら、子供の頃はこの狛犬や石碑を投げたりして遊んでいたとのことで、だからあんなに傷だらけなのねっと納得しちゃいました(笑)
下見に行きました🙆
狛犬の初期の姿に近いとされる狛犬があります。一説には日本一短足の狛犬とも言われていて時折遠方から訪れる人がいます。
| 名前 |
熊野神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0248-46-2935 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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縁起によれば、五庵行者が、紀州熊野三社を勧進したもの、と伝えられている。石段が二段。左側に、平成七年(1995)三月三十一日、刻の、県重要文化財指定 熊野神社御正体、の石碑。昭和十五年(1940)、刻の、古い大きな石碑。旗杭、参道の両脇に一対。文政十一(1828)十二月、刻の、東堂山、の石燈籠が両脇に一対。大きな狛犬阿吽像。右側、阿形像は、前脚をちぢめ、後ろ脚は力をこめて、飛びかかる姿勢で、まゆのところにも、巻き毛があり、すじ毛がうねをなす。目は細めて、大きい伏せ耳の下に、巻き毛が左に五つ、右に四つ、うず高く、すじ毛が、尾の方へ、横に流れる。前脚には、真船卯右エ門には珍しく、毛卍紋が刻まれ、尾は、前に流れ、巻き毛を作る。左側、吽形像は、阿形像より、目は大きく、伏せ耳が立体的で、あごとほおの端が、巻き毛になり、伏せ耳の下に、巻き毛が、右四つ、左三つ、大きくうず高く、そこから、すじ毛が、尾の方へ、横に流れる。尾が立って、すじ毛が流れる。前脚をついて、後ろ脚に、力をこめて、飛びかかる姿勢をとる。四肢に毛卍紋がある。大正十二年(1923)十月九日 信夫村 石工 真船卯右エ門。真船卯右エ門にしては、珍しい形の狛犬で、躍動的で、迫力がある。明治二拾六年(1893)十月六日、刻の、熊野神社、の社額のある、一の石鳥居。舗装された参道がつづく。通りが横切り、金属製の、二の両部鳥居。右側に、明治四十三年(1910)十一月吉辰、刻の、忠魂碑。大◯女尊、碑。天保十四年(1843)十月吉日、刻の、二十三夜塔、碑。左側に、昭和十三年(1938)十一月吉日、刻の、手水盥をおおう、手水舎。大きな、湯殿山、碑。昭和五拾八年(1983)拾月壱日大吉、刻の、参道舗装改修、碑。石段を十五段上ると、境内に至り、両側に、狛犬阿吽像。右側、阿形像は、棒のような前脚を下ろし、胴体が長い。尾は、豚の尾のようで、毛が刻まれる。口が大きく、目も刻まれているが、狛犬とは思えない。左側、吽形像は、口を閉じ、かすかに目らしきものがあり、口の歯らしきものも刻まれている。両前脚が、胴体の真ん中にあり、尾は、豚の尾のようで、毛が刻まれている。模様のようだ。どちらかと言えば、は虫類である。江戸時代、狛犬を知らない石工が、頼まれて作った、はじめ狛犬、である。その両脇に、寛政十戌午歳(1798)九月十、文久、刻の、石燈籠二基。左側に、安政二年(1855)十一月吉日 日和田 石工守吉、刻の、大黒天、像。安政二歳(1855)、刻の、石燈籠一対。石段を五段上ると、熊野神社、の社額のある、拝殿がある。拝殿に向かって、左側に、石柱と石燈籠。小さな石の祠四宇(氏神様かもしれない)。明治二十八年(1895)八月、刻の、天徳碑。向かって右側に、少し離れて、石段七段、十一段、三段上ると、木の祠の納まる、養蚕神社、の社額のある、覆屋があり、前には、十九夜供養塔、如意輪観音像、七頭身くらいの石像、などが並んでいる。