琴似屯田兵村で歴史を感じる。
琴似屯田兵村兵屋跡の特徴
琴似屯田兵村は明治7年に建設された貴重な歴史的建物です。
古い兵屋が移築復元されており、屯田兵の生活が学べます。
ひっそりとした住宅街に位置し、静かな雰囲気で訪問できます。
入館無料です。自由に中を見る事ができます。国指定史跡になってます。屯田兵が明治7年に琴似に入植しました。兵屋の裏には畑がありました。自給自足してたんでしょう。お近くの人は一度訪問してみると良いと思います。2025.10.10.
すこし開拓の歴史の予備知識があると楽しめるかとおもいます。案内看板だけで外国人とかが楽しむのは難しそうだと思います。
北海道民ならご存知の屯田兵は、1874年に制度が制定され、1875年から実施されました。北海道の開拓と失職した士族の救済を兼ねていましたが、厳しい自然環境の中で北海道の警備と開拓を担っていました。琴似は1番最初に入植した歴史ある地域です。展示されている様な住宅が266戸あったようです。もとあった場所は近くの琴似神社の東側にあったものを移設したとの説明がありました。裏手に畑があり当時の自給自足の生活がしのばれます。
1874年、入植時の第133番兵屋が建っていた場所に、1972年に修理・復原された。土間、囲炉裏、縁なしの畳、雨戸など北海道の住宅には見られない様式があるほか、柾ぶきの屋根、戸外に設けられたトイレなど、造りも今日の住宅とは大きな違いが見られる。
先日初めて訪ねました。建物は年季も再現された見事なレプリカで、裏には畑が再現されています❗😳当該兵屋のレプリカを作れる職人は道内をおらず、道外から職人を招いて築いた・・・と警備員さんが教えて下さいました。警備員さんが親切な方で有り難かったです。次回は家族で伺います。警備員さん、ありがとうございました❗🙏
先日初めて訪ねました。建物は年季も再現された見事なレプリカで、裏には畑も再現されています❗😳当該兵屋のレプリカを作れる職人は道内にはおらず、道外から職人を招いて築いた・・・と警備員さんが教えて下さいました。警備員さんが親切な方で有り難かったです。次回は家族で伺います。警備員さん、ありがとうございました❗🙏
今から40年前に一度だけ訪れた事があります。中学生の時に社会見学で行きました。今もあるとは思いませんでした。懐かしいです。古い建物を見ると屯田兵の活躍の苦労が思い出します。懐かしいです。いつか思い出の場所をめぐる事が出来たらと思います。
北海道の歴史に触れる事が出来て良い体験でした。ありがとうございます♪(●´ω`●)
琴似屯田兵村は正式には「屯田兵第一大隊第一中隊」といい、明治7(1874)年に208戸建設された兵屋のうちのひとつで「第133号兵屋」が移築復元されて昭和57(1982)年に国の史跡に指定された。畑や土地は当時のまま残っているたいへん貴重な史跡である。屯田兵は明治7(1874)年に制度が設けられて北海道の警備と開拓に従事した兵士と部隊で、西南戦争、日清戦争、日露戦争に従軍した。明治37(1904)年に屯田兵は廃止された。
| 名前 |
琴似屯田兵村兵屋跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
011-621-1988 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~17:00 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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江戸末期は北海道のアイヌとは松前藩が交易をしてましたが、北海道を狙うロシアに対して対抗するため明治2年に北海道に開拓使という地方行政を置き、明治7年に開拓次官の黒田清隆の発案で屯田兵制度を作りました。屯田兵は北海道を開拓する軍人で、明治維新の廃刀令や四民平等により職を失った武士が新しい仕事を求めて屯田兵として北海道に行ったそう。屯田兵が過ごしていた家が保存されています。中には実際の屯田兵の暮らしを伝えるポスターもあります。この頃から、道民vs熊の戦いはあったそうです。