平出汎秀の墓碑、歴史を感じる。
平手監物時秀公霊場稲葉山碑の特徴
雄踏街道から鳥居坂を登った先に位置する史跡です。
信長の部下だった非業武士の墓石が見られます。
平手監物時秀公霊場に訪れると歴史を感じられます。
昔小さな祠が有りましたが現在は石碑のみとなっています。
実は信長の部下でしたが迷い見捨てられた非業武士の墓石です。
三方原の戦いで討死した平出汎秀(ひろひで)の慰霊碑です。織田信長の守役だった政秀の息子です。織田信長から援軍として派遣されていました。色々混乱していたようで、兄弟の名前である時秀と碑には刻まれています。
雄踏街道から鳥居坂を登ったところにある墓碑。父は織田信長の補佐役。碑銘が間違われ、汎秀が正解のようです。
| 名前 |
平手監物時秀公霊場稲葉山碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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平手汎秀(墓碑名は時秀)は徳川軍に援軍として派遣された織田家の武将。元亀3年(1572年)12月の武田信玄との三方ヶ原の戦いに敗れ、敗走中にこの近くで追っ手に討たれたという。三方ヶ原の戦場から12km以上も離れているが、それほど武田方の追撃が執拗だったのか、あるいは落武者狩りに遭ったのか。さぞかし無念だったことだろう。監物坂という地名が残る住宅街の一角にある。一礼して静かに手を合わせてきた。