歴史感じる越後三十三観音。
第二番札所 照国山 摩尼王寺の特徴
越後三十三観音の二番札所として由緒ある存在です。
祇園精舎の鐘の音が響き、静寂な時間を提供します。
御朱印が近くの民家で受け取れる独特のスタイルです。
由緒がありますね!
祇園精舎の鐘のこえ諸行無常の響きあり昔を偲びました💪💖
越後三十三観音二番札所です。満願成就してから再び訪問しました。建物も変わりきれいになってられました。今回は中にも入られ気持ち良くお参りさせて頂きました。
世話人の方から色々とお話を伺いました。住職不在で小さい集落なので、元々あった建物を縮小して今の形になりました。今までの建物の状態で、今年の降雪量だと倒壊してたとのことです。(降雪量250センチらしい)駐車場は「国道18号 上新バイパス」降りて道沿いにある三角の土地だそうです。(5枚目の画像で工務店の真向かい)
独特というか、お寺ではない風情です。
御朱印近くの民家でもらえます。
曹洞宗 越後三十三観音霊場二番聖観音。
素晴らしい場所でした。
越後三十三観音霊場。納経場所地図あり。
| 名前 |
第二番札所 照国山 摩尼王寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0255-72-0876 |
| HP | |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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妙高市十日市の曹洞宗・摩尼王寺は「和田村誌」や「和田のあゆみ」(2019年)によると、807年か810年に空海が建立した真言宗寺院です。当初は山寺三千坊に属していた七堂伽藍が建ち並ぶ大寺院でした。 1579年3月24日、上杉謙信の養子・上杉三郎景虎が謙信の甥・上杉景勝との争い「御館の乱」で敗れて鮫ケ尾城で敗死した際、兵火にかかり堂宇・宝物等が焼失し、廃寺となりました。上杉三郎景虎の胴体埋葬の伝承もあります。 江戸時代前期の1644年に上越市板倉区針の曹洞宗・宝寿院の住職によって再興され曹洞宗寺院として復活しました。本尊は聖観世音菩薩です、現在は無住の寺院で行ったら北側の畑で世話人夫婦がいて鍵を開けてもらい参拝することが出来ました。 立ち去る時、「また来てください」と夫人から声をかけられました。