真田幸村ゆかりの静寂な寺。
曹洞宗 孝顕寺の特徴
天女山に位置する孝顕寺は、釈迦如来を本尊としています。
創建当初は曹洞宗として、結城家の菩提寺も兼ねていました。
歴史的に価値のある場所で、真田幸村に関連する伝承も残っています。
Very beautiful and peaceful place
訪れた時は隣接地?が工事中だったせいか?開かれた所のように感じず、門の前で引き返してしまった。コンクリート製の寺の戸も閉まっており訪れにくかった。真田幸村の首塚の件で訪れたが、これではなかなか話も聞きにくい印象をうけた。隠された首塚の謎は永遠のものになるのか。周りが足羽山にか困れているから、山にあるか?本堂の下か?墓地の中か?謎ですね~。供養はしているのだろうか?興味があるところ。しかし、真田幸村も最後はこうなるとは、なんとも浮かばれない気分がして仕方がない。
天女山 孝顕寺単立本尊 釈迦如来創建当初は曹洞宗で結城家の菩提寺として結城より移された。結城秀康が没し孝顕寺に葬ったが浄土宗の寺に改葬することになり、運正寺を建立して改葬した。秀康像を安置する御造堂や槍、松平忠直の書状など残されていたが戦災で消失した。昭和23年、単立寺院となる。大阪夏の陣で真田信繁を討ち取った結城藩士西尾宗次の菩提寺でもあるが、「真田地蔵」と呼ばれた首塚は現在孝顕寺には無く、福井市立郷土歴史博物館が所蔵している。
伝・真田幸村。
| 名前 |
曹洞宗 孝顕寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0776-36-2241 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
茨城県結城市にも「孝顕寺」があり、結城家菩提寺の一つで、とても素敵なお寺です。結城藩主から福井へ転封した結城秀康(徳川家康の次男でもあった)は、1607年(慶長12)に亡くなり、福井のほうの孝顕寺(秀康が結城から分寺)に葬られたと聞きました。息子より長生きした生母の長勝院もこちらに葬られたとのこと。しかしよくよく調べてみると、孝顕寺は曹洞宗だったため、秀康の没後すぐに、「徳川の宗旨の浄土宗に改葬すべき」という家康からの“ご意見”があり(そういえば芝の増上寺も浄土宗ですね)、新たに福井に浄土宗の寺院を建て、そちらに秀康を改葬したのだとか。改葬により、戒名までも変更されたのだそうです。(因みに家康の“ご意見”も、“命じた”と書いてあるもの、葬儀が浄土宗以外だったのを嘆いただけという説、逆鱗に触れたというもの、色々あるようです^_^;)この浄土宗寺院は、はじめは浄光院と言いましたがのちに「運正寺」と改称(1709年)。大安寺と共に福井松平藩の菩提寺の一つとして栄えますが、明治の廃藩後は寺勢が衰え、第二次大戦の戦火で伽藍も焼失し、戦後再建されるものの、規模はかつてよりも大幅に縮小したようです。秀康は運正寺から更に改葬され、大安寺の他、品川の海晏寺(かいあんじ)にも墓所があるのだとか。海晏寺へは明治に入ってからのようなので、越前松平家が明治以降、東京に移ったときに、一緒にお墓も移したのでしょうか。生母・長勝院(お万の方)の墓所もこちらにあるそうです。