高道上菅原神社で神楽体験。
高道城城跡 菅原神社の特徴
秋の神楽ではお囃子が素晴らしいと評判です。
高道城跡に位置する神社で、景観も楽しめます。
JR玉名駅から4.3kmのアクセスが魅力です。
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菅原神社もあります。階段を上がれば、景色は最高です!
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秋の神楽でお囃子があってました。竹で編んだ籠?で子どもらが遊んでました。
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| 名前 |
高道城城跡 菅原神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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高道上菅原神社(高道城跡)は、JR玉名駅の南西4.3kmほどの熊本県玉名市岱明町高道の高台に鎮座している神社です。由緒は不詳です。鳥居は、大正5年(1916年)大正天皇の即位大礼(御大典)を記念して建立されました。狛犬は、大正12年(1923年)の建立です。高道城(たかみちじょう)は、鎌倉時代、この地の地頭となった紀国隆(きのくにたか)によって築かれたと伝えられています。紀氏は後に大野氏の跡を継ぎ、大野氏を称するようになりました。また、日嶽(ひだけ)城を本拠とした大野氏の一族である高路幸経(たかみちゆきつね)の居城であったとも言われています。南北朝時代には、大野氏は菊池氏とともに南朝方として戦いました。そのため、北朝方の今川氏などから度重なる攻撃を受け、何度も落城を経験した歴史を持ちます。戦国時代末期の天正10年(1582年)城主は池松貞胤でしたが、肥前の龍造寺隆信による侵攻を受けました。大野氏は小代氏らとともに抗戦したものの敗れ、城は落城し、一族は衰退・滅亡しました。現在は本丸跡に菅原神社が祀られており、周囲より一段高い主郭の雰囲気を残しています。宅地化が進んでいますが、神社の西側には堀切や土塁、北側には水濠跡などの遺構が確認できます。また、城址の南端には弁天古墳が位置しています。神社のある「高道(たかみち)」という地名は、かつてあった肥後熊本藩の玉名郡(たまなぐん)高道村に由来します。明治22年(1889年)高道村・浜田村・山下村が合併して、改めて高道(たかみち)村が発足しました。昭和30年(1955年)高道村・大野村・睦合村・鍋村が合併して、岱明(たいめい)村が発足しました。昭和40年(1965年)岱明村が町制施行して、岱明町が発足しました。平成17年(2005年)岱明町・横島町・天水町が玉名市と合併し、改めて玉名市が発足しました。菅原神社(すがわらじんじゃ:天満神社)は、全国に約1万2,000社存在します。これらは平安時代の貴族・学者・政治家であった菅原道真公を御祭神として祀っており、「天神さま」として広く信仰されています。天神信仰の総本社とされるのは、主に以下の2社です。北野天満宮(京都府)は、道真公の神霊を祀るために947年に創建されました。太宰府天満宮(福岡県)は、道真公の御墓所(霊廟)の上に築かれた聖地で、全国天満宮の総本宮と称されています。これらに山口県の防府天満宮を加え、「日本三大天神」と呼ぶこともあります。道真公が優れた学者であったことから、現代では特に「学問の神様」として受験生からの篤い信仰を集めています。他にも、至誠(正直)、文化芸術、厄除けの神様としても知られています。天満神社の境内には、道真公との縁が深い「牛」の像(御神牛)や、道真公が愛したとされる「梅」の木が多く見られるのが特徴です。また、全国各地に勧請(神様の分霊を移すこと)されたため、地域によって「天満宮」「天満神社」「天神社」など多様な呼称で定着しています。