ロマン漂う難波宮跡へ。
難波宮跡東辺の特徴
難波宮跡の東の端では、発掘の成果が見られます。
広い敷地は歴史を感じる散策に最適です。
発掘結果が明らかになった場所として、非常に興味深いです。
難波宮跡は広いのであるが、東の端は発掘の結果分かっている。道路の名前で言うと、越中町筋になるのだ。森之宮勝山線という事も出来るだろう。大極殿を中心に、一キロ四方に広がる宮殿遺跡であり、昭和29年(1954年)いらいの、山根徳太郎文学博士を中心とする発掘調査で発見される。現在、宮跡の九万平方米が国の史跡に指定され保存整備された。
難波宮跡の東の端。石碑があるのみ。
| 名前 |
難波宮跡東辺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
ロマンを感じる石碑石碑の内容-----難波宫跡東辺難波宮跡はここから四百メートル西方にある太極殿を中心に一キロ四方にひろがる宮殿遺跡であり、昭和二十九年(一九五四)以来の山根徳太郎文学博士を中心とする発掘調査により発見された。宮跡からは大化改新(六四五)の際の難波遷都にともない造営された孝徳朝の長柄豊碕宮と奈良時代の聖式朝難波宮が重って検出されている。これまで主に内裏と朝堂院の部分が調査されており、現在宮跡の中心部約九万平カメートルが国の史跡に指定され保存整備されている。この遊歩道の下には昭和四十八年(一九七三)の調査で出土した難波宮の建物・回廊・築地跡や難波宮造営以前の建物跡が保存されており、西方の市立中央青年センター地下で出上した宮殿跡とともに東院ともいうべき重要な一画であったと思われる。昭和五十一年春 大阪市。