九条山の懐かしい刑場跡。
粟田口刑場跡の特徴
九条山の道沿いに看板のみの静かな史跡があり、その存在感が不思議です。
昔の京津線九条山駅の面影を探し、歴史を感じることができる場所です。
小さな石碑と慰霊の祈りがあり、特有の雰囲気が漂う神秘的なスポットです。
●この場所だけ、空気が重い。日ノ岡の峠を越えると、次に差し掛かるのが、粟田口刑場跡になります。戦国期には明智光秀が遺体を晒され、江戸時代は1万人オーバーの方々がここで命を落とした場所。そういう知識があるからだと思うのですが、な~んか、空気が重いといいますか、ただならぬ気配を感じてしまいます。もちろん、道筋は現代の近代的な道路ですので、往時の面影はほぼ感じないのですが…。
❶【参考 日本の刑罰史跡考 1985年】粟田口刑場跡古い伝統的刑場であり粟田口とも三条口とも言われる。九条山駅のすぐかたわらに「南無阿弥陀仏」「万霊供養塔」の石塔がその場所にある。京都の東の玄関口としての場所に在り、平安時代末期には洛中一繁栄した場所であって、いやおうなしに刑場を見せて通らせることに、当時は悪事にたいする懲らしめや戒めを与える場であったと言える。この処刑場は江戸時代でも引き続き使用された。刑の執行に際しては、雑色(ぞうしき)(※1)の指揮のもと、悲田院(ひでんいん)年寄り配下の非人と 穢多年寄配下の 穢多が出向き、縄取りや行刑、その屍体の始末についての役目をおこなったという。雑色(ぞうしき)(※1)・・雑務を行っていた役職。
九条山の道沿いにあります。
案内板だけがあります。東海道53次ウォーキングの通り道にあります。東下りでは最初の難所であり、日本橋から京都へ入る方には最後の難所の日岡峠(粟田口峠→明治以降は日岡峠と呼ぶそうです)の中程に位置します。車はビュンビュン通る道ですが、歩いていないとこの案内板見つけることは出来ないと思いますよ。刑場跡という通り…江戸時代には…はりつけ、獄門、火刑が行われていた場所だそうです。15000人程の方がこちらで処刑されたそうです。
かつて、ここでは公開処刑が行われていたようです。歩いているからこそ見つけられる場所かもしれません。
今は看板のみですかね。藪になっててよく分からないですが、上に登って行くことはできます。有名な刑場跡です。
むかしこの場所に京津線九条山駅がありました、面影は有りませんが懐かしいです。
ここに刑場跡がありましたという案内板のみ慰霊碑は少し離れた場所にあるようですその辺りが案内板だけで慰霊碑の説明すらないのがちょっとどうかなと思いました肝試し目的の輩を防ぎたい狙いでしょうか。
入口がわかりにくいです(´・ω・`)
| 名前 |
粟田口刑場跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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