太平洋を望む官軍塚の絶景。
官軍塚展望台の特徴
太平洋を臨む180度のオーシャンビューが楽しめます。
河津桜の美しさが際立つ展望台です。
光害が少なく、星がとても綺麗に見えます。
官軍塚展望台は、勝浦の町と太平洋を一望できる穴場的なビュースポットです。小高い場所にあるので、少し階段や坂を登る必要はありますが、その先に広がる景色はとても爽快。港町と青い海が一度に見渡せて「登ってよかった!」と思える眺めでした。展望台自体は大きな施設ではなく、シンプルな造りで観光客も少なめ。そのぶん静かで落ち着いて景色を楽しめるのが魅力です。特に朝や夕方の光の差し込み方によって、町並みと海の表情が変わるのが印象的でした。歴史的には戊辰戦争に関連する「官軍塚」として知られる場所でもあり、景色だけでなく歴史の重みを感じられるのもポイント。勝浦観光の合間に少し足を延ばすと、違った視点から町を味わえるスポットだと思います。
2025年8月勝浦灯台はこちらの駐車場が最寄りとのこと。トイレも併設。駐車場はラインがない?消えてる?ため、分かりにくい。
千葉県 勝浦市にある官軍塚。風光明媚な場所です。1869年(明治2年) 1月、函館の五稜郭で官軍に抵抗する榎本武揚に対して、鎮圧に手こずっている津軽藩を援助するために、熊本藩が向かいました。その途中、この場所で暴風雨により船が難破し、200人以上が犠牲になりました。熊本藩主細川韶邦(よしくに)の実弟が津軽藩主津軽承昭(つぐあきら)でした。結局 熊本藩は、函館にたどり着けなかったようです。ニュースやワイドショーで放送している通り、勝浦は他のエリアより涼しい場所でした。ここに来た日(2024年7月24日)、茂原は38℃でしたが、ここ勝浦は29℃でした。
戊辰戦争の末期、函館五稜郭に向かう熊本藩の軍用船が、勝浦川津沖で難破した際の死者を埋葬供養した場所。駐車場が広い。
3月1日(土)に行きました。河津桜🌸が満開でした。
毎年河津桜を楽しみに。
明治2年(1869)1月3日夜、勝浦川津沖で熊本藩士の乗る米国汽船が暴風雨に遭い難破し、200余人の犠牲者を出した事故がありました。慶応4年(1868)から明治2年(1869)に至る戊申の役で、旧幕府の海軍副総督榎本武揚(えのもとたけあき)は、北海道の函館で官軍に最後の抵抗をしていた。維新政府から鎮圧を命じられた津軽藩は、容易に平定することができず、津軽藩主の実兄である熊本藩主に援軍の要請をし、熊本藩から寺尾九郎右衛門を長とする350人が船で北海道に向かいました。しかし、勝浦川津沖でこの事故に遭い、北海道へは、たどり着くことができませんでした。官軍塚は、この遭難事故の救助に当たった地元川津の人々が遭難者を埋葬供養した場所です。塚と記念碑が建っています。官軍塚からの眺望は絶景です。
景色も良く涼しいし、ちょっとした展望台やトイレ、ベンチもあり寛げます。
景色、桜共に良いです。
| 名前 |
官軍塚展望台 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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河津桜とてもキレイ🌸