おりょうさんの像に寄り添う葬儀。
おりょう会館の特徴
坂本龍馬の妻おりょうさんの胸像が出迎える葬儀会館です。
横須賀市内で親しまれている老舗の葬祭場です。
社員が親切で安心感がある葬儀サービスが受けられます。
葬儀での利用。控え室や化粧室が葬儀会場と別の階にあり、エレベーターはあるものの脚や身体の不自由な方には向かない印象でした。参列者が年配者が多い際には注意が必要かと…。
坂本龍馬の妻おりょうさんの生誕地に建ち銅像もあり、簡単な略歴が書いてあり、立ち寄るかたも多いです、ここは葬祭を行う会館です、横須賀では、使うかたが多いです、社員が親切でした。
希望に寄り添った葬儀をして頂き、細やかな気遣いが感じられ、ご家族皆で最後のお別れが出来ました。故人との想い出が沢山詰まった葬儀でした。
葬儀場!的確な誘導にて助かりました!
葬式の会場ですが綺麗でした。
冠婚葬祭のメモワールグループの葬場です。坂本龍馬の妻のおりょうさんが晩年暮らしていた所とか…義父母の葬儀で利用しました。スタッフの方は親切で感じ良く、突然の初めての不安な時に安心感がありとても助かりました。横須賀中央駅から近く参列していただいた方にも便利だつたかと思います。
坂本龍馬の妻、おりょうさんの胸像がある。この施設の近くで晩年を過ごしたそうだ。
葬儀をする際、便りになる会場ありの葬儀屋さん!スタッフの方々か最初から最後まで親切に要望にこたえてくれます!
葬儀についてそもそも星をつけることに抵抗はありますが、サービスについて語ります。とてもスタッフの方は親身に対応してくれて、残された家族としては心強かったです。ホールは4階を利用しましたが、通夜の際は少しエレベーターの回転が遅かったように感じました。階段で降りていた高齢の方がいました。そこだけ☆を1つ減らした点です。駅からも徒歩で行けて、かつ駅前過ぎて苗字が目立つこともなく、程よい感じです。中央斎場や横浜市南部斎場にもアクセスがよく、そのあたりも良かったです。また利用したい、とは縁起よくなく言えませんが、おすすめできる斎場です。
| 名前 |
おりょう会館 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
046-821-4242 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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vol.17 「米が浜通」の由来「米が浜通」は、かつては「観念寺通り」と呼ば れていました。観念寺という寺院はありませんでし たので、なぜ観念寺と呼ばれていたかが不思議で す。“観念寺さん”という大地主がいたという説も あります。明治22年に深田町(現在の深田台)の一部である 米が浜の海面が埋め立てられ、市街地となりまし た。そして、昭和24年「観念寺通り」から「米が浜 通」として町名が変更されました。「米が浜通」の「米」はヨネともコメとも読める ので、どちらでも読まれています。「米」の由来は 諸説ありますが、次の二つの説が有力です。①龍本寺(日蓮宗)への初穂 を御供米(おくま) とするため連定の浜に船を着けたから②鎌倉時代に日蓮上人が猿島からここに上 陸し、当地の石渡左衛門尉(いしわたさ えもんのじょう)が、日蓮上人に毎夜、 米をはじめ食糧をすすめたから(石渡氏は、日蓮上人を猿島から背負って来 る時、足にサザエが刺さり、日蓮上人がお経 を唱えるとサザエの角がなくなった「角なし サザエ伝説」の人物といわれています)「米が浜通」は坂本龍馬の妻だったおりょ うさんの終焉の地としても有名です。米が浜 通にあるおりょう会館の隣の敷地に長屋があ り、ここに数か月だけ住んでいました。お りょうさんは再婚し、約40年横須賀に住んで いましたが、ほとんどの期間を上町で過ごしていました。「よこすか歴史の交差点」齋藤秀一歴史愛好家たちを中心に市民が集うサークルです。*歴史には諸説あります。