都々古山神社参道の石柱。
都々古山神社の特徴
昭和九年に建立された神社の石柱が印象的です。
都々古山神社の参道は歴史的雰囲気を感じさせます。
参道の石柱を通っての参拝が特別な体験となります。
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狛犬は立派なんだけど銘が無いので石工は不明です。
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| 名前 |
都々古山神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
2.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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昭和九年(1934)四月廿九日、刻の、都々古山神社參道、の石柱。参道は右に曲がっていき、旗杭一基。左側に、明治四十四年(1911)十月十七日、刻の、都々古山神社、の石柱。昭和十三年(1938)十二月、とある高い台座の上に、昭和八年(1933)三月十七日、刻の、石燈籠一対。奉納 都々古山神社、の社額のある、昭和十二年十一月十日、刻の、石鳥居をくぐると、石段が長く上に伸びている。脇に、狛犬阿吽像。右側、吽形像は、高い台座の上で、太い前脚をふんばり(本当に太い)、大きな獅子鼻の上に、目を怒らせている。脚の爪が鋭い。尾は、立尾で、はしの毛が巻き毛になり、ボリュームがある。右耳の下も、すじ毛が巻き毛になり、ボリュームがある。右側に、文化元年(1804)十月吉辰日、刻の、巳待供養塔、がある。左側、阿吽像は、大きく口をあけ、舌が見える。耳の下の巻き毛から、すじ毛が流れる。太い脚の爪が鋭い。前脚は、ふんばっている。尾の先の毛が、巻き毛になり、うずたかい。量感がある。昭和十八年(1943)一月一日、と刻まれている。時代のせいか、厳しい表情をしている。境内に出ると、左側に、こわれた、手水盥。平成二十七年(2015)十月吉日、刻の、石燈籠一対。左側に、明治四十四年(1911)五月十日改築、刻の、記念碑一基。拝殿があり、向かって右脇に、石の祠一宇。明治廿一年(1888)旧十月、刻の、月讀尊。明治五年(1872)、刻の、月讀尊。石の祠一宇。木の祠二宇。正徳四年(1714)九月大吉日、刻の、石龕があり、木の祠二宇、石の祠二宇がある。祠がたくさんあることに、古い歴史を感じる。神仏分離以前は、近津大明神、と称していた。