下照姫を祀る古烏神社の魅力。
古烏神社の特徴
古烏神社では下照姫を祀る独自の信仰が息づいている。
阿南市に位置する古烏神社は静かな環境が魅力的である。
駐車場はないため、訪問の際は交通手段に注意が必要です。
古烏神社延喜式 下照姫を祀る。元々は建比売神社という名前だった。我が地元 故郷の鳥取の伯耆一宮 倭文神社の御祭神もこの下照姫なので御縁を感じずにはおれない神社。この地で出雲の国譲りが行われ 国譲り後に別天地へと海洋出雲族の 下照姫が降り立ったのが 鳥取の亀岩のある現在の湯梨浜町宇野の辺りだとすると 大変興味深いロマンを感じずにはおれません。
駐車場はない。
| 名前 |
古烏神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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古烏神社(こがらすじんじゃ)。徳島県阿南市宝田町川原。式内社(小)建比売神社(タケ-)、正八幡神社境外末社。【祭神】建比売命資料によると、創祀年代は不詳。一説に、大宝2年(702年)とも。御祭神は建比売命。『阿波國式内社考』では高姫、あるいは下照姫命、埴安比賣・建島女祖神などとも。建島女祖神であれば、小松島市中田町に建嶋女祖命神社がある。当社御祭神については他に、豊葦建姫命、高比売、大倉比売などの説がある。いずれにせよ、下照姫命である可能性も高く、阿波に根付く、出雲系の神々を祀る社の一社なのかもしれない。『阿波志』に、「建比賣祠延喜式亦小祠と為す、曰く荒井下村川瀬崎小烏祠即ち是を云ふ」とある。川原の産土神で、安産の神として霊験顕著であるという。近世には「小烏明神」と呼ばれ、近くには古小烏町の地名もある。明治3年(1870年)、式内社名である建比売神社に改名、その後、現社名に変わったようだ。明治30年(1897年)、火災により焼失、翌明治31年(1898年)、あるいは明治32年(1899年)に再建された。例祭は10月25日。現在地は那賀川デルタの末端、あるいは中洲であり、度々の洪水で社殿や宝物を失ったことは想像に難くなく、実際、そのような伝承もある。那賀川は明治以降になっても洪水による堤坊決壊があり、おそらく当社地の変遷はあったと思われるが、詳細は不明。とあります。