静寂に佇む大山祇神社。
別宮大山祇神社の特徴
大山祇神社の別宮として、落ち着いた雰囲気が魅力的です。
綺麗に整備された境内が印象的で、清々しい参拝が楽しめます。
四国八十八ヶ所の南光坊の隣に位置し、訪問しやすい立地です。
出張中の通勤途中で訪問。入り口に「日本最大の海賊の本拠地」の看板があったので覗いてみました。大三島の大山祇神社の別宮なんですね。通勤途中なので画像だけ頂き、軽くご挨拶で柏手を捧げて足早に目的地へ向かいました。静かでとても良く清掃されている神社でした。山祇神社と言えば月夜見命、綿津見神、山祇命と名前を変えて九州を追われた神ですよね。どうやら争いが絶えない人物(民族)だったようで海賊だなんて書かれていますが、まだ日本に国という概念がない太古の時代から大陸との海運を生業にしていたのではなかろうかと歩きながらぼんやり考えてしまいました。
大山積大神を祀る神社です。本宮は、今治の隣の、瀬戸内海の大三島に鎮座します。日本の極めて古い神社です。本宮には行けないので、こちらをお参りしました。とても立派な神社です。
周りにはお寺さんもあり、大通り沿いにある割には静かで驚きました‼️境内は広く数々の社もあり、独特な落ち着いた雰囲気があります‼️✊手入れもキチンとされていて清々しく参拝できました🎵🎵
四国八十八ケ所南光坊の隣にあります。御朱印は、書き置きの物を頂けます。
⛩️由緒にある玉澄さんの事拝殿前の看板の由緒に書かれている大山祇神社をこの地に勧請した玉澄さんは、昔伊予の越智群の大領(郡の長官)であったそうです。今治は越智姓の方が多いですが、越智氏を代表するご先祖様のお一人です。玉澄さんは、別名地区にある「玉澄さんの大楠」の下にお墓があって、そちらに眠られています。以前は、大楠の辺りに大楠樹下大明神とも呼ばれ玉澄社が祀られていましたが、現在は、その近くにある天満神社境内に遷されています。⛩️玉澄さんは別名に住んでいた玉澄さんの子の安元さんが初代大祝となったとされ、大祝家は大山祇神社の大祝職(神官職)を務められました。玉澄さんや大祝家は、往古より別名に住まわれていたと云います。別名ってどこ?ってなると思いますが、日高小学校や玉澄さんの大楠があるあたりの地域です。⛩️御鉾山と御鉾社大祝家の住まわれていた場所の近くに御鉾山があって、お山には御鉾社があり、大祝家の先祖を祀る鎮祭の場所でもありました。現在、御鉾山の丘陵地の下には、地元の人が「大祝さん」と呼ぶ端谷五輪塔群があります。五輪塔は、御鉾山に散乱していたものを地元の方が集め祀り直したものです。その端谷五輪塔群の東側丘陵地が御鉾山です。なお御鉾山の御鉾社は明治の神社整理で近隣の小泉にある三島神社境内に遷されています。⛩️鉾(ほこ)について大三島の大山祇神社には、五世紀ごろの作と言われている鉄の矛が、ほぼ完全な形で神宝として祀られていますが、その為なのか大山祇神社は、古来大山積御鉾大明神ともいわれていました。その矛が御霊代として、大山祇神の孫が宿っているとされている事から、御鉾大明神とも御鉾神とも天逆鉾とも考えられていたようです。大祝家が祖神として祭祀していたのが、そちらの御鉾神(御鉾大明神)です。⛩️鉾のような山容(山の姿)大祝家が住まわれていた別名から見ると、御鉾山を含めたイオンモールなどがある今治新都市のお山は、細長く伸びた鉾(矛)のような形をしているのが特徴的です。その鉾の先の延長線上にこの別宮の大山祇神社があるのは偶然でしょうか。⛩️国生み神話古事記には、イザナギとイザナミが天の浮橋から、鉾(矛)で潮をかき鳴らして引き上げた時に滴り落ちたものが島になった国生み神話があります。その島をオノゴロ島と云います。その国生み神話のように、大祝家が住んでいた別名から見ると鉾のように見える山の姿の先には、まず鯨山があります。そこは、玉澄さんのご先祖のオチノミコトの古墳とも言われ、往古は入江で海に浮かぶ鯨のような小島であったそうです。なんとなくオノゴロ島が彷彿とさせられますね。で、そのラインの先にはさらに別宮の大山祇神社があると。なんとも不思議ですねぇ。面白いです。(ちなみにオチノミコトは、大三島に祖神大山積神を祀られた方)⛩️まとめ大祝家が信仰していた御鉾山を含む細長い矛のように見えるお山の先には、大祝家の先祖オチノミコトが眠る古墳が、さらにその先には別宮の大山祇神社がある。それはまるで矛から滴り落ちたしずくがつたわり流れていくように。神社参拝を繰り返してると、その土地を大きく俯瞰して見た時に、自然の象徴的な場所を活かしての町づくりが見られる事がよくあります。山の山容、自然の有り様から、あの辺に神社か寺があるだろうなと幾つもの参拝の記憶がなんとなく教えてくれる事があります。先日、そんな感覚頼りにあそこに神社があるだろうなとピンときて訪れた場所は、神社かと思ったらワンワンパークでした。ドッグランのワンコがハァハァ言いながら駆け回っていました。可愛いかった。それはさておき古事記編纂と別宮の大山祇神社の創建は同年なので、古事記を参考にはしていないのでしょうが、古事記自体が古代神話・伝説などを素材にしているので、もしそういった素材から、古代の人たちが、矛のようなお山と、その先の海面に浮かぶ小島(現鯨山)を見て、何かしらピンときて信仰の場所として選んだのだとしたら、なんだかワクワクしますね。太古のご先祖様たちが、想い描き信仰してきた場所に、同じように想いを馳せるのも、時には良いかも知れません。しかし気になるのは別宮の大山祇神社には、御鉾神社が見当たらない事です。関係の深い神社ですので。たぶん大祝家が別名に住まわれていた時は、御鉾山の御鉾社が、鳥生に移住した時は、門前に御鉾社が、大三島へ藩主の命により移住した際には、大三島の大山祇神社の境内に御鉾社も造られたので、御鉾社は大祝家と共に遷っていますから、別宮に造る必要がなかったからでしょうか。⛩️上津と下津?大三島の大山祇神社には現在、本殿向かって右側に上津社(姫神または雷神)が、左側には下津社(姫神または高籠神)が祀られています。こちらの別宮の大山祇神社の境内には、拝殿・本殿の両脇あたりに玉垣に囲まれた木が祀られていますが、配置的に大三島の大山祇神社の上津社と下津社を模したものに思ったのですが、祀られているのは、お狸さんのようです。右側がお奈遠大明神さん、左側がお佐遠大明神さん。あと、奈良原神社近くの大楠がお袖大明神さん。
大山祇神社の別宮。街中にあり参拝しやすい!
国道沿いにありわかりやすいです。隣りには四国霊場札所の南光坊があります。境内に大きなクスノキがありパワーを感じます。
四国霊場の南光坊の隣りにあります。駐車場が狭くて台数に限りがあります。平地の立地で参拝はしやすかったです。御朱印は300円でした。
別宮さんって認識しかなかったから改めて大山祇神社とわかって見ると確かに屋根とか楠木とか大山祇神社や!
| 名前 |
別宮大山祇神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0898-22-5304 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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四国霊場第55番札所の南光坊のすぐ隣に鎮座する、歴史ある神社です。一歩境内に足を踏み入れると、街中とは思えないほど広々としていて、とても静かで清々しい空気に満ちています。しまなみ海道の大三島にある「大山祇神社」の別宮(地御前)とのことで、由緒書きからもその歴史の深さが伺えます。茅葺き(あるいは檜皮葺き)の落ち着いた佇まいをした本殿・拝殿は非常に素敵で、思わず背筋が伸びるような神聖さがあります。また、本殿の素晴らしさはもちろんですが、境内に佇む数々の摂社もそれぞれ大変立派に祀られているのが印象的でした。何より、境内にある見事な松の木をはじめ、美しい木々や社殿の周りがチリ一つないほど綺麗に清められており、地域の方々が日々この場所をいかに愛し、大切に守られているかが肌で伝わってきます。南光坊と合わせて参拝されるのが非常におすすめです。心がすっと軽くなるような、とても素敵な癒やしのスポットでした。