毛利元就の歴史をじっくり学べる。
安芸高田市歴史民俗博物館の特徴
毛利元就の歴史が体感できる、安芸高田市の魅力的な博物館です。
吉田郡山城のふもとに位置し、戦国時代の展示が充実しています。
甲立古墳に関する興味深い情報も提供される訪れる価値のある場所です。
毛利元就のことがよく分かりました。有料ゾーンに入ると、VRで当時の様子が見れるものがありました。自分は体験してないが、小学生の子どもたちは「すごい、すごい!」と興奮して見ていました。途中、館内から当時お城が建っていた山が見える場所があって、そこに説明の看板もあってよく分かりました。甲冑を着る体験もできるようでした(前のお客さんが体験中だったので、我が家はやっていませんが)。
ゴールデンウィークでしたが、想像より空いており、ストレス無く見学することができました。大人1人500円。受付の穏やかな男性が館内の順路などを丁寧に説明してくれます。館内は基本は写真撮影不可でした。安芸高田市の歴史にまつわる史料を原始時代から時代順に展示していますが、やはり毛利氏関連がほとんどのスペースを占めていました。毛利氏関連はパネル説明と書状が中心で、書状は実物と複製が半々くらいの割合だったかと思います。郡山城近辺の史跡がジオラマと映像で上手にまとまっており、こちらの博物館に寄ってから郡山城に行くとイメージが浮かびやすいと思います。第3展示室までありますがメインは第1展示室で、じっくり見れば2時間はかかります。第2・第3展示室は生活用品や農具など自分には興味のないものだったため、10分程度でさっと見終わりました。
この安芸高田市歴史民俗博物館は、広島県安芸高田市吉田町吉田に位置します。ここは、安芸高田市の旧市外地で、日本百名城の一つである郡山城がある郡山(標高約402m)の南西方面の麓に位置する!?本日(2026年4月6日)夕方にこの博物館に着いたが、休館中(月曜日)であつたが、入口付近にはスタンプが必要な方はスタンプが押された用紙があり、お持ち帰り下さいとのことである!親切な振る舞いである!?小姓も頂いた次第である!その他にも郡山城のことが書かれたパンフレットも置かれていたのである!当然、毛利元就の墓や長男毛利隆元の墓に付いても掲載されている!この博物館には毛利家関連の資料が多くあると云う!?因みに、この博物館の観覧料金は500 円である!
吉田郡山城の事前学習のために訪問。入館料は¥500。表に幟が立ち並び、立派な毛利元就像がある。お城の歴史や元就をはじめとする毛利氏の歴史など、詳細な資料が並んでおり、見応え十分。VRで城郭の様子がうかがえたし、鎧と一緒に記念撮影もできました。
1971年(昭和46年)5月4日に開館し1989年(平成元年)12月1日に閉館した吉田郷土資料館を前身として、1990年(平成2年)3月28日に戦国大名・毛利氏の本拠地である吉田郡山城の麓に開館した。安芸高田市域の歴史を扱い、安芸高田市を本拠とした戦国大名・毛利氏の歴史をはじめとして、原始時代の考古資料から近現代史の民俗資料までを展示する。資料の収蔵点数は、2024年(令和6年)時点で考古資料300点、民俗資料9500点、歴史資料3000点。
安芸高田市郡山城の史料が展示されています。郡山城は毛利の本拠地で広島城の移転まで享徳2年(1453)の頃には毛利の本拠として使われ大永3年(1523)毛利元就が入城しています。博物館には安芸高田市の歴史、郡山城関係資料や珍しい木造の狛犬や出土品などが保存されています。
郡山城に向かう前に事前学習しに立ち寄りました。100名城スタンプはこちらの館内受付に置いてあります。展示資料の見応えは今ひとつかな?目新しい展示物も少なく、ビジュアル系は受付横にBRの体験機があるものの、内容が???ともあれ、こちらで事前勉強していざ郡山城へ。こちらの駐車場よりももう少し城に近いところに、公衆トイレ付きの駐車場ありますのでそちらがオススメかも。
毛利さんのお膝元。郡山城へ行きたかったがかなり歩くみたいだから断念してこちらの博物館で妥結!お城まで楽に行けるよう整備されたらありがたい。
入館料は500円です。こちらで御城印など購入出来ます。立派な建物です。展示品がやや少ないか。郡山城に行くのに駐車してしまいました。登る方は上に駐車場がありますのでそちらへ行きましょう。
| 名前 |
安芸高田市歴史民俗博物館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0826-42-0070 |
| 営業時間 |
[水木金土日月] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2026年5月23日 郡山城の維持、管理費の協力金と思えば500円は安いものですね。展示もそれなりに立派でした。前日の月山富田城と合わせて、尼子氏と毛利氏の関係を復習できました。