先達に敬意を表する戦跡巡り。
文永の役 新城古戦場跡の特徴
故郷を守るために戦った先達に敬意を表できる場所です。
壱岐の侍が活躍した文永の役の歴史を感じられます。
地元婦人会による花いっぱい運動で美しい花壇が広がっています。
故郷を守るために命を落とした、先達に敬意。
戦跡を巡ります。
蒙古と戦った壱岐の侍が思い浮かびます。
静かな場所です。歴史に興味の有る方は是非!そうでない方には、退屈かも。
2回の元寇の内の文永の役の古戦場跡に建つ供養塔です。広々とした田んぼなどの中にポツんと建ってます。碑文には元寇千人塚と書かれていますが、元寇での日本人の犠牲者はこんなものではなかっただろうにと思いますが、余りにも遠い昔の事なので正直ピンときません。
元鎮遺跡(原文)元寇遺跡。
地元、新城東婦人会の方々が「花いっぱい運動」と称して、花壇の手入れもしてあります。
壱岐では文永の役、弘安の役と二度にわたる蒙古襲来によって全島が修羅場になった。特に勝本地域が主戦場となり日本軍も果敢に挑んだが全滅してしまったという。742年前の出来事であった。どれだけの血が流れたかは判らぬがその霊を慰め記憶に残すためにこの碑が建てられたものである。蒙古によってかり出された朝鮮、中国の兵士たちも被害者であった。その何日後かに暴風によって海の藻屑になってしまうとはだれが想像しただろうか。
| 名前 |
文永の役 新城古戦場跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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高麗軍の残虐さについてもきちんと記した解説のパネルあり。新城神社とすこし距離はあります。日本人なら絶対に言っておくべき場所です。