美江神社の鳥居近く、歴史を感じる。
中山道美江寺宿高札場跡の特徴
美江神社の鳥居があり、歴史を感じる景観です。
旧中山道美江寺宿の一部として歴史的な価値があります。
Gaozhaフィールドトレイルが魅力的で、散策に最適です。
枡形にある高札場です。
Gaozhaフィールドトレイル。(原文)高札場跡。
旧中山道美江寺宿の美江神社の鳥居のすぐ東脇にあります。高札のレプリカが神社の境内に作られています。
| 名前 |
中山道美江寺宿高札場跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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《解説看板》中山道美江寺宿跡美江寺は既に天正十七年(一五八九)豊臣秀吉の下知によって、問屋場が設けられ、往還の荷物中継ぎの業務に当たっていたが、江戸時代になって中山道が整備されるに及んで、近世宿場制による駅伝業務を担当する宿場となった。寛永十四年(一六三七)四月伝馬役家と歩行役家各々二十五軒を定めて問屋の支配下に置き、交通業務に当たったのが、美江寺宿の公式開設である。宿場の機関の一つである本陣は、宿場開設より三十二年後の寛文九年(一六六九)春、時の領納藩の戸田丹波守光永によって建設され、問屋山本金兵衛が管理を兼ねた。以後、山本家が世襲して宿駅制廃止まで継承した。一般旅人のための旅籠や茶屋は年代により増減があったが、これは幕政改革の影響であろう。文久元年(一八六一)十月二十六日の和宮親子内親王江戸下向の途次、当宿御小憩と、慶応四年(一八六八)二月二十・二十一両日、当宿を発信地とした、東征軍東山道鎮撫隊のことは、当宿交通史の特記事項である。明治三年(一八七〇)閏十月、民部省布告による宿駅制廃止に伴い、宿場の歴史を閉じた。