耳川の戦いを感じる高城跡。
高城城址の特徴
戦国時代の合戦が行われた城跡で、歴史を感じられます。
小さな櫓や堀切が残る山城が魅力的です。
木城の町を一望できる、景色の美しい公園です。
無料、主郭に建てられた櫓型の時計台から耳川の戦い(高城川合戦)の場所がよく観えます。土塁と空堀(堀切)は残ってますので雰囲気は分かります。地味だけど島津氏の重臣・山田有信が守備し、大友や豊臣の大軍から二度も守り抜いたすごい城。主郭まで車で来れます。トイレもあります。空堀を満喫したい場合は麓の遊歩道で登山するとよい。また永山古墳の駐車場から歩くのもいいかもしれません。※誰かが都城市の高城の写真を間違えてアップされてるので注意。
耳川の戦いの根白坂の戦い、2度の大いくさで知られる城跡です。公園になっていて遺構がよく残ってるとは言い難いですが、第三空堀と第四空堀の二重堀切が、片側斜面のみですがきれいに整備されていて必見です!麓からも良く見えます。一番上の駐車場まで車で行ってしまわずに、永山古墳のところの駐車場から歩いていきましょう。
山城跡、かわいい小さな櫓があります。登れると一級河川小丸川が一望、景色はとてもよいです。
西側の城山公園入口の第七から、永山古墳の第六〜公園駐車場まで第一空堀跡の看板があります。木が生い茂っているため全ては見れませんが、一部は堀の深さを見ることができます。公園の駐車場に停めて、第一空堀跡を降りて遊歩道を東に巡ると城趾を堪能できます。
戦国時代に2度大きな合戦の舞台となった城跡です。1度目が1578年に起こった島津軍と大友軍が激突した耳川の戦いです。大友軍は島津軍に大敗しますが、この合戦は高城から20km北を流れる耳川の追撃戦の事を指します。2度目が1587年の豊臣秀吉による九州征伐の際に起こった根白坂の戦いです。豊臣軍は秀吉の弟・秀長が率いた軍勢に島津軍が敗れ、秀吉に降伏する契機になります。街を見下ろすかなりの高台に位置し、空堀が7箇所も遺っているため実戦向きに造られた城砦だったと予想できます。
薩摩・大隅・日向の旅も4日目、根白坂古戦場跡に立ち寄りをして、ようやく今回の旅の目玉の一つである高城跡に来ました。古戦場跡前の県道を高城の方面に向かって走り、小丸川を越えると正面の城跡に天守のようなもの(実際はメロディー時計台)が見えてきました。突当りから歩いて登ることもできるようですが、車なので左に回り込んで台地を登り、駐車場へ到着しました。駐車場は広いです。手前の駐車場でなく奥の駐車場まで行って停めました。本丸郭からは、小丸川の向こうの根白坂の台地が良く見えます。また、大友軍が陣を張った台地も切原川の向こうに見渡せます。この高城眼下の両川の流域で高城川(今の小丸川?)の合戦があった訳で、この城が枢要であることが分かります。しかし、城跡は正直に言って期待ほどのものではありませんでした。2度の大激戦を想いもっと厳しい城を想像していました。期待が大きすぎたのかな…。ただ本丸郭周辺の崖はかなり急崖で比高があり、これは攻めるのに大変だと思いました。第一空堀の跡から下へ降り腰郭を通って、再び台地の先端から登って本丸郭に戻ってみると、崖の厳しさが良く実感できました。
時間がフライトギリギリなので今日は高速道路を使って往復しただけでした。次回は近隣もゆっくり観てみたいです。
高城跡で公園になっています トイレも勿論あります 木城の町が一望できます 景色が綺麗です 普段人がいないので ゆっくり できます 建物の二階から 町が一望できます 戦没者の慰霊塔もあります 静かな場所です。
車で結構上まで行けるが、道がわかりづらすぎる。そして上の駐車場までの道が狭いので、要注意。城跡はきれいに整備されていた。
| 名前 |
高城城址 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.town.kijo.lg.jp/sosikikarasagasu/tiikiseisakuka/4/1/2/343.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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高城(宮崎県児湯郡木城町高城)南北朝期の建武2年(1335)島津忠宗の4男時久が足利尊氏より新納院を与えられ築城。その後高城は伊東氏の48城の一つとなった。天正5年(1577)伊東義佑は島津氏に敗れて豊後に逃げ島津家臣の山田新祐有信が高城に入った。天正6年豊後の大友宗麟は高城を大軍で攻めたが島津軍に敗れた。天正15年秀吉は九州統一のため羽柴秀長を大将とし高城を攻め島津軍は目白坂で敗れ高城の山田新介は落城しなかったが義久が説得して開城し都於郡へ去った。その後、秀吉は高城を秋月氏の領有とした。徳川の一国一城令により廃城。2021年訪城高城本丸に無料駐車場があり途中西側から本丸にかけて7つの空堀があり現地に標識があり見れる。本丸は城山公園となり遺構はよくわかりませんでした。耳川などの眺望あります。