風格ある鶴形池の庭園。
宝隆院庭園の特徴
江戸時代後期に造園された池の回遊が楽しめる庭園です。
仁風閣に隣接し、鳥取の名園として親しまれています。
鶴をかたどった池と亀島が独特の景観を生み出しています。
粋この一言!!素晴らしい。
仁風閣の裏手にある庭園。鳥取城の石垣とお山は背景として面白い効果があるように感じる。仁風閣の工事の覆いが無くなると、また違う風情があるのだろう。
早く補修が完成して欲しいですね。お城からお庭を撮りました。
1863年(文久3年)8月城内、現在の仁風閣の位置に(扇御殿)が新築され、その御殿の庭として(宝隆院庭園)が形を変えながら現存しています。江戸時代の大名庭園形式(池泉回遊式)を伝える庭園です。宝隆院は池田整子(いけだ さだこの法名)です。整子夫人は第11代鳥取藩主 池田慶栄(よしたか)公との婚儀が相調い、慶栄公の鳥取城着任を待ちましたが着任の途上に同人は帰らぬ人となりました。整子氏はこの時17歳、一度も藩主と逢うことなく未亡人となりました。以後、整子氏は江戸 鳥取藩の本邸から鳥取城入り、鳥取城内に新築されたばかりの(扇御殿)へ移り住みました。当時は次の第12代藩主 池田慶徳(よしのり)公の治世、整子氏の不憫な境遇を慰めたいと扇御館、宝隆院庭園等を造りお迎えしました。まもなくして明治維新を迎え鳥取城は解体、その後に扇御殿の跡地に1907年(明治40年)仁風閣が建造されました。仁風閣のテラスから眺める(宝隆院庭園)が仁風閣の後庭として伝存されその結果、和風の庭園と欧風化の洋館とが調和した空間として魅力が相乗効果です。庭園は訪れる多くの方々に秘められたこもごもの事柄を語っています。
大名屋敷に付属していた庭園。ちと小さいなぁ。昔はもっと大きかったのやもしれませんね。
仁風閣にある庭園で鳥取の名園。当日は陽射しが良く素敵な庭園を観光しました。鶴を象った池。
東側から入りました。池泉式回遊庭園にモミジが赤く彩りを魅せ、秋の陽気に何とも気持ちが良い。洋館とのコラボもマッチしていて、これが“和洋折衷“ってことか…ゆっくりと散策しました〜
江戸時代後期に造園された池を回遊する日本庭園で、鶴をかたどった池に亀島が浮かんでいます。池に反射する仁風閣が綺麗です。
| 名前 |
宝隆院庭園 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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小振りな和風庭園ながらも風格がありました。