壱岐の狛牛と神頼み。
國片主神社の特徴
境内は美しく整備され、趣向のあるオブジェが魅力です。
祀られている竈神に神頼みもできる、こじんまりした神社です。
狛牛が印象的な、ゆったりとした雰囲気の神社です。
壱岐神社巡り…4社目國片主神社鬼の窟古墳の近くにあったので寄っただけ。閑散としてて風情はないが、身長が測れたり、赤ちゃんいたり、ミニ鳥居があったりと少し変わった神社だった。
国片主神社(くにかたぬしじんじゃ)。長崎県壱岐市芦辺町国分東触。式内社(小)、旧村社。壱岐国七社(壱岐七社)の一社。【祭神】少彦名命 (配祀)菅贈相国【関係氏族】壱岐氏資料によると、古くは、菅原道真の祭祀以後、特に「國分天満宮(国分天満宮)」「國分天神(国分天神)」とも。国分天神は当初当田に勧請され、中島の地を経てここに遷祀されたと伝えられている。当社名は、神代において、少彦名命が大国主命とともに国土を二分して経営したと解釈されたことによる。嵯峨天皇の御世、弘仁2年(812年)10月朔日、日輪の神勅を受けて鎮まる、というのが創建の由緒。朝廷より神階が進められ、1100年前、文徳天皇の御世、仁寿元年(851年)に正六位上、後九代の各天皇より9回にわたり次々各一階づつ増した。社記によれば、古くより朝廷の崇敬厚く、毎年祈年祭には幣帛料が献じられた。平戸領主が壱岐を領有後、益々崇敬が加わり国主直参社となり、名代が参向したという。なお、有力ではないようだが、当社を石田郡の名神大社「天手長比売神社(天手長比賣神社)」に比定する見解がある。他の論社に、同社を合祀したという天手長男神社、その古社地がある。唐土より石船に乗つて唐田の濱に着津されたのが唐田天神で、後の国分天神になるのである。その、天神が、天手長比賣神社に比定されている。この地は律令時代、郡司・壱岐直氏の居館址である。「国県主」が「国片主」になったのではないか、とも言われている。国片主神社のあるこの場所が壱岐郡と石田郡の境であることから国分という名前になったともいう。延宝4年の神社改めの時、橘三喜が、この周辺の村の名前が国分であることから、当社を国片主神社に比定した。とあります。
長崎の壱岐島にある神社です。身長を測ることの出来る石碑や、回転させることの出来る招き猫の石像、撫でると幸せになる小僧などなど、、、表現が適切か分かりませんが色々と楽しむことができました。御朱印は月読神社で頂くことが出来ました。(恐らく宮司さんが兼任されているのだと思います。)
神職非常駐の神社ですが境内はとても綺麗に整備清掃されており色々と趣向も凝らしていました。御朱印は書き置きを受領しました。
高校入試後の神頼みに行きました(笑)
祀られているのが「竈神」。話題の「鬼滅の刃」にあやかるのもいいかもしれませんね。また、十二支の性格などが書かれて祀られています。他にも大人がくぐるには狭すぎる鳥居があります。鳥居が三社あり、それぞれに叶う願いが違います。普段宮司様はいらっしゃらず、月読神社で御朱印がもらえます。
こじんまりしていますが、手入れがされていて人も少なくゆっくり神様と向き合えます。向かって右奥にある神社名の入った板、いつの時代のものなのかただ頭を下げたくなります。
いろいろなオブジェがありにぎやかな神社でした。
狛牛くんのいる神社です。社務所に書いてある御朱印がありました。ちゃんと書いて欲しい人は東にある月読神社へ。
| 名前 |
國片主神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0920-45-4145 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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壱岐にある由緒正しい神社です。境内の東側、駐車場の奥に見事な桜の木があり、満開の時期は本当にきれいで圧倒されました。知る人ぞ知る桜の隠れスポットのようです。境内は静かで落ち着いた雰囲気があり、ゆっくりと参拝することができます。お写真にも少し写っていますが、くぐって祈願をする小さな「願掛け鳥居」など、見どころも多い神社です。季節を問わず心落ち着く場所ですが、特に桜が咲く春の時期の訪問は大変おすすめです。駐車場も併設されているので車でのアクセスもスムーズでした。