震洋展示館で心に刻む歴史。
特攻殉国の碑の特徴
水上特攻艇震洋の展示館があり、訪問者に歴史を伝えています。
特攻殉国の碑には、犠牲になった兵士たちの名前が刻まれています。
毎年5月には慰霊祭が行われ、地域住民とともに供養されています。
しっかり拝ませていただきました。ランニングにあわせてうかがったので朝9時でしたので特効殉国の碑資料館は開いてない雰囲気なので、開けませんでしたが、開いていたかもしれません。トイレも綺麗でした。
資料見るには事前に予約連絡が必要です!ネットだけでは見つからない貴重な資料を拝見いたしました。
佐世保から諫早方面に向かう際に、国道沿いに看板が見えたので伺いました。大東亜戦争末期に日本は資源と万策が尽きて、多くの若者が国や家族、大事な人の為に、特攻により散華しました。水上特攻兵器「震洋艇」(ベニヤ板製の小型高速モーターボートに250キロ爆装)があるとは知りませんでした。この地、川棚で秘密裏に訓練され、7千隻が配備されたそうです。命をかけて散華された英霊に、哀悼の誠を捧げ、手を合わせました。
皆さんが命をかけて守った日本ですが、政治がボロボロになって腐敗が進んでます‥
盆休みに見学してきました。前回数年前に来た時に開いていなかった資料室と震洋の展示スペースが開いており、ボランティアの方から詳しい解説を伺うことができました。
10年ぶりに訪れました以前は石碑しかありませんでしたが、水上特攻艇「震洋」の展示館や資料館も設立されていて園内はとてもキレイに整備されています平日夕方だったのでどちらも施錠されていましたが見学出来るようです震洋はイメージよりかなり小型でしたこんなペラペラのベニヤ板の特攻兵器で敵艦に突っ込むなんて…あまりの軽量化で操縦が難しかったそうですね未来ある若者が御国のためにこのような攻撃に身を投じなければならなかった時代に胸が痛みますとても考えさせられる場所です。
特攻には、飛行機以外にも潜水艦や潜水服もありました、震洋はボートの特攻ですが、爆薬に合板とエンジンのみを搭載したもので、洋上に出たら脱出する機構もない船を復元した船がありました。いま、日本🇯🇵はとても元気です。ただ手を合わせるだけですが、心から安らかに眠って頂ければと願います。
水上特攻艇震洋展示館はで震洋を見ることができる。とても綺麗に整備されています。当時を思い浮かべて、何とも言えない気持ちになります。この景色を当時の人がどんな気持ちで眺めたのだろう…。
毎年、5月第2日曜日に特攻殉国の碑慰霊祭を催しています。令和5年は、コロナ禍規制緩和もあり久々に御遺族や御来賓臨席頂いて、郷民主催の慰霊祭を開催することが叶いました。
| 名前 |
特攻殉国の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0956-76-8335 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
(2026.6月来訪)佐世保より高速を使って長崎に行こうと思って車を走らせていたところ急にインパクトのある看板を見つけ何かも分からず入った所です。見れば終戦間際の混乱期に日本が最後の戦いとしてお国のためと必死に生きた証がありました。初めは神奈川横須賀に魚雷訓練施設がありましたがこの地に移し特攻艇震洋として多くの方が訓練をした場所だそう。伺った日は週末ではありましたが閑散とした敷地にはひっそりと石碑が鎮座していました。隣に資料館がありましたが鍵がかかっており見学はかないませんでした。多分事前連絡等していたら見学できたのでしょうか。石碑の他に復元された震洋を窓越しに見ることができます。今見ても正直簡素としか言えないベニヤ板で構成されたボートで敵に向かうのは恐怖だったのでろう、と思います。ですが国全体が貧しくただ一点の勝利だけを信じて進んだ若者達がいたからこそ今の日本があるのだとも思います。同時期には人間魚雷で知られる回天.海龍とあり実用化されずに終わった伏龍とありますがどれも今の人権を守る、という考えからははるか遠くこういった遺構に触れる度考えさせられてしまいます。ただこれらの遺構は日本という国が今まで辿ってきた歴史の事実として残していくものだと思います。