歴史漂ういんにゃく神社で御朱印を。
印鑰(いんにゃく)神社(八代市鏡町)の特徴
歴史を感じる大きな楠の木が魅力的です。
御朱印をいただけるので参拝の記念に最適です。
境内にはいくつもの巨木が立ち並んでいます。
書き置き御朱印お受けしました。以前上がらせて戴いた際は休止中との事でした。頒布再開されたのデスね..。遅い時間のお詣りにも関わらず快諾戴き感謝です🙏
参拝させて頂きました。印鑰神社(いんにゃくじんじゃ)祭神︰石川宿禰。律令時代、この付近に貢米を収納する八代郡倉があった。 その朝廷の印とかぎ (鑰)を祀ったとされる。また「八代郡誌」には、1198(建久9)年、相良長頼の弟・為頼により、 石川宿禰を祭神として創建されたとされる。 現在の拝殿は入母屋平入、向拝つきで、銅板葺。妻飾に叉首組がみられる。建物の三方に組高欄つきの回り縁が回る。 向拝柱をのぞき円柱で地覆、切目長押、内法長押、頭貫で固める。長押金具に六葉をほどこす。組物は平三斗、木鼻は台輪がないが禅宗様木鼻とする。建具は正面中央は4枚引違い戸で、残りの正側面の柱間に半部をいれる。 本殿は三間社流造、銅板葺で、三方に組高欄つきの回り縁が回る。向拝柱は角柱で礎盤に立つ。木鼻は獅子鼻と象鼻。 繋虹梁は外側のみ海老虹梁とする。手挟は菊の丸彫。すがる破風の降懸魚は水鳥である。身舎は亀腹に建ち、円柱で、内法長押には六葉の釘隠しがつく。組物は一手先で彫刻板支輪と蛇腹支輪が回る。妻飾は金網で十分には見えないが、側背面の小壁には柱間各々に鶴の彫刻がある。 境内正面へ直進する道路が参道となり、その突き当りに、 当神社と向かい合うように石造小祠の福島神社がある。 との事です。以前ニュースでお祭りの様子が流れており、神社の名前もあまり聞いた事がないため訪れたかった神社です。ご挨拶も兼ねて参拝し御朱印(初穂料お気持ち)を受けたく社務所のチャイムを押すと対応下さいました。ありがとうございました🙏🏻
「いんにゃく」とは読めないし、同時に歴史ある神社だろうと思ってはいたが…昔むかし、鏡町は条里制が敷かれ年貢米を収める郡倉がここにあったそうな。「印」は役所が朝廷から預かった公印、「鑰」は鍵のこと。後に郡倉が廃止され、建久9(1198)年その跡地に神社が造営され「印鑰」が神社の名称になったらしい。御祭神は武内宿禰の子、蘇我石川宿禰が諸般の事情でなったようだ。本殿後ろには境内社で弁天さんと粟島さんがお祀りされていて、妊婦さんが安産祈願で潜る背の低い鳥居を初めて見た。長崎の神社ではあり得ない歴史の長さに驚いてしまう。条里制なんて言葉は諫早まで行かないと聞けないし…御神木がたくさんあるのが印象的な神社だった。
この神社の大きな木は楠の木です。子供の頃隣の小学校校庭にも10本近くの楠の大木が茂ってました。神社の所有地だったのかも知れません。小学校の大木は今はありません。近くの鏡が池には毎年4月7日印鑰神社に捧げる鮒取りの行事があります。褌一丁の若者が手掴みで鮒を取る際泥を観客に投げ泥で汚れるのは縁起物とのことでしたが今も実施されてるか故郷を離れて長いので不明です。
2022年12月11日(日)参拝印鑰(いんにゃく)神社という神社は全国(特に九州)に幾つかありますが、印と鑰(かぎ)を保管していたことが由来のようです。八代市鏡町に鎮座するこちらの印鑰神社ですが、律令時代この付近に貢米を収納する八代郡倉があったそうです。役所には朝廷から渡された印と鑰(かぎ)があり平常は別殿に納められ大切に祀られていたとのこと。創建1198 (建久9)年、御祭神は石川宿禰。社務所はどなたも不在でした。掲示板があり、御朱印の受付は当面の間行いません。との貼紙がありました。駐車場は鳥居から境内に進入、空いているスペースに停められます。
建久9年(1198年)蘇我石川宿禰の御分霊を勧請して建立された神社です。印鑰とは律令制度下の朝廷から国司などの地方の長に渡された長の印と門や倉の鑰(かぎ)の事で、印鑰自体が神格化されて祀られ、後に別の神を祀るようになった神社が全国的にも幾つか見受けられます。鎮座地は八代郡の郡倉跡地だそうです。
歴史を感じながら参拝しました。御朱印は書き置きの物を頂きました。
金網で塞いである、巨木のウロに驚きました。
御朱印いただける。「お代はお参りして賽銭を入れたなら不要」と言われた。一見するとどこにでもある普通の神社なのだけれど、境内にある案内板を見たら奈良時代から歴史があって驚いた。
| 名前 |
印鑰(いんにゃく)神社(八代市鏡町) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0965-52-0947 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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朝廷の印と鑰(カギ)を祀っているといわれています。八代郡倉(租庸調のうち租を貢米を収納する所)跡に建っているとのこと。近くの「鏡が池公園」には町名の発祥でもある「鏡が池」が有り毎年4月7日の「印鑰神社春季大祭」で行なわれるという「鮒取神事」では、ふんどし姿の男達が投げる池の泥をかぶるとその1年は、無病息災で過ごせると大変な賑わいだそうです。