近代港湾の父、廣井勇像。
工学博士廣井勇君之像の特徴
小樽の防波堤を設計した偉大な博士の胸像です。
近代港湾の父として名を馳せた工学博士の記念碑です。
初代築港事務所長の業績を讃える場所に位置しています。
공원에 조각상이 마련되어 있습니다.전체적으로 어울립니다
2025·R7.7.19初訪問です。なぜお勧めするのか、①この人がいなければ小樽港はなかった(初代 小樽築港事務所長、北防波堤の第一期工事を担当)、②小樽運河建設決定に大きな影響を与えた(かもしれない)、③廣井の跡を引き継いだのは東大で教授と学生の関係にあった"伊藤長右衛門"、④廣井が「小樽港の生みの親」なら、伊藤は「小樽港の育ての親」、⑤伊藤長右衛門の胸像もここ運河公園にある、⑥2人の胸像は戦時供出で一度は撤収されながら共に後に再建されている と、これほどのエピソードが揃っていれば見ておかないわけにはいきません。廣井 勇(ひろい いさみ)1862.10.24(文久2.9.2)生~1928·S3.10.1,65歳没。「港湾工学の父」と呼ばれ、彼の指導による小樽築港第一期工事は日本の近代港湾建設技術を確立し世界的にも高く評価されています。札幌農学校同期の内村鑑三から"日本の清きエンジニア"との賛辞を送られたとか、港湾整備に関して"埠頭"にするか"運河"にするかの議論の際に"艀を利用した運河式の方が便利"という発言がのちの小樽運河建設決定に大きな影響を与えたという話しです(今となっては結果的に"埠頭"式となってますが、運河を作ってなければ"観光地 小樽"はなかったかも?)。
小樽築港に従事した偉業を称えています。
小樽の防波堤を設計した、ど偉い博士じゃ!ぜひカマキリ将軍の銅像も作って下さい。
セイロン(現スリランカ)の防波堤参考、日本初ブロック工法方式採用した小樽港北防波堤を設計した工学博士。廣井の門下生は『廣井山脈』と呼ばれ、日本の近代化に大きく貢献。『港湾工学の父』とも云われている。元東京帝国大学教授(現東京大学)。高知県佐川町出身。
初代築港事務所長。日本初のコンクリート製の外洋防波堤を建設し小樽港に建設しました。
「近代港湾の父」工学博士廣井勇先生の胸像。昭和4年に建立、同28年に再建されたと案内にあります。以前は花園公園の山頂にありましたが、平成11年にこちらの公園へ移設されました。
「近代港湾の父」工学博士廣井勇先生の胸像。昭和4年に建立、同28年に再建されたと案内にあります。以前は花園公園の山頂にありましたが、平成11年にこちらの公園へ移設されました。
| 名前 |
工学博士廣井勇君之像 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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