藤原(菊池)則隆の館、歴史の息吹。
北宮館跡の特徴
菊池十八外城の歴史が感じられる貴重なスポットです。
土塁がわずかに残り、遺跡の雰囲気が楽しめます。
田圃の中に位置する微高地にある自然豊かな城跡です。
菊池十八外城の一つ。田の中に1〜2m程高くなっている場所があり、そこが城跡です。周囲の田は堀の跡です。段の上は石碑のあるところ以外は深い草に覆われ、段差などの遺構があるようですが、草の下で全く判別できません。「北宮館」という名で他の菊池氏遺跡とともに国史跡に指定されました。菊池氏初期の居館とされ、平安時代の初代則隆の頃から利用されていたとされています。ここから、東の隈府城に移るわけですが、南北朝時代の武政(16代)の頃とされています。菊池氏全盛期の陰りが見え始める時期で、より堅固な城郭に移る必要があったのでしょうか。正平4年(貞和5、1349)に北朝方の合志氏により「菊池本城」が占拠されており、時期的にこの菊之池城であるとされています。
菊池十八外城の1つ。
僅かですが土塁が残ってます。
この近辺の畑が他よりいくらか高いことが遺構になるのかな、というほど遺構はありません。案内板と記念碑があります。専用の駐車場はないので、そこまで行くには南側あたりの広いところにクルマを停めて、徒歩で田んぼのあぜ道を進むしかありません。クルマはぎりぎりのはばしかなくスタックしそうです。ここは菊池氏が菊池神社のある菊池城を築くまでの間、菊地氏の居館でした。菊池城が完成した後は、菊地十八外城のひとつとして利用されました。
田圃の中の微高地が城跡。堀跡が綺麗に田圃になってます。
| 名前 |
北宮館跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
2.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大宰府の荘官として赴任した藤原(菊池)則隆が延久2年(1070)に館を構えた場所。令和6年2月21日に国指定史跡に指定された「菊池氏遺跡」の構成要素のひとつ。国指定になった際に「菊之城跡から北宮館跡に名称を変更した。遺構は埋め戻されているので見られないが、記念碑と説明看板がある。駐車場はないため、市道沿いに少し広がったところがあるので(普通自動車2~3台が縦列駐車できるくらい)そこに停める。少し歩いて田んぼの畔を進むと看板のところまで行ける。ただし夏は雑草に覆われているので冬がオススメ。中世に安定した統治を行い米作りの発展に寄与した菊池氏の初代則隆が構えた居館跡として、赤星船着場跡とともに菊池川流域日本遺産の構成文化財になっている。