有泉神社で身が引き締まる思い。
太神宮の特徴
遠くからは見えない、静かなる神域に身を引き締めます。
ご当地神社ならではの独特な雰囲気が感じられます。
普通の人には分かりにくく、特別な体験を提供します。
有泉(ありずみ)神社。~由緒~第55代文徳天皇の天安4年(860年)中、安武刑部高盛来って当国の尾藤肥後守藤原隆房に仕え、合志郡上生の城主となった。後、宇多天皇の寛平2年(890年)正月元旦より11日まで、伊勢皇大神 毎夜高盛に御告げがあり、山本の香原饌園の南に在る清泉の上に遷居し、国護とせよとの神託である。高盛この事を尾藤隆房に言上、隆房は直ちに高盛を伊勢神宮に遣わして、内宮の神主に事の由を告げしめた。神宮の神主にも、元日より十一日まで同様の神託があり、かくして高盛は皇大神宮の小御霊鏡を奉戴して帰国、御告の泉上に鎮め奉った。隆房喜悦少からず高盛をして其祭祀に当らしめ、有泉高盛と号せしめたという。~由緒ここまで~近い時代の出来事として、『日本三代実録』という書物に「貞観元年(859年)5月に合志郡を分けて山本郡を設立した」という記録がある。同時期の向原遺跡からは金銅製の錠前などが見つかっている。発展する山本郡の水源地を押さえるという意味合いもあったのかもしれない。近くの水源にある石碑に詳しい由緒書きがある。四王子神社は肥後北部に広く勧請されているが大本は長洲の四王子神社。九州巡行をした景行天皇の皇子4人を祀っており、その1人であるヤマトタケルの大蛇伝説からヒラクチ(マムシ)の神となっている。昔は田んぼで稲作をする際はヒラクチに襲われる危険が常にあったため肥後各地に広まったのではと聞いた。
池の川水源の寄り道に参拝させて頂きました。立派な神社で趣があります。帰りにカエルと遭遇し、写真撮ってたら蚊に刺されました。
由緒書きがありませんでしたが、大神宮とありますので、天照大神をお祀りされているのだと思います。摂社の四王子社に日本武尊命、須賀社に素戔嗚命が祀られています。
これは凄い…遠くからでは全く太神宮様はお見受け出来ませんが近くでその静かなる神域にご無礼いたしますと身が引き締まる思いになります。桐紋の御紋が見事に表れております。ご当地の皆様方この太神宮様を御大切に心からお祈り申し上げます。
ご当地神社🎵
普通の人には分かりにくいです。綺麗に清掃されています。
普通の人には分かりにくいです。綺麗に清掃されています。
| 名前 |
太神宮 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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令和8年元旦にお参りしました。綺麗に清掃されてて、心が癒されました。