懐良親王ゆかりの地、歴史深いお寺。
玉水山 大円寺 (大圓禅寺)の特徴
南北朝時代の歴史を感じながら参拝できるお寺です。
本堂には貴重な釈迦涅槃図が展示されています。
黒豆のお接待をいただける心温まる体験が魅力です。
資料館も見せて頂きました。
大円寺は、後醍醐天皇の皇子である懐良親王のゆかりの寺として知られています。親王は幼い頃に征西将軍に任命され、九州平定を命じられました。延元3(1338)年、伊勢の大湊を出航して瀬戸内海を渡り、讃岐から忽那島(現松山市)へと上陸。その後、九州への渡航の機会を窺いながら3年間滞在しました。興国3(1342)年には、薩摩の谷山城(現鹿児島市)に入り、さらに6年間を過ごした後、最終的に菊池城(現菊池市)へ到着します。九州平定を目指して戦いを続けた懐良親王は、正平14(1359)年夏の大保原の戦い(大原合戦、筑後川の戦い)で菊池武光らの奮戦によって勝利を収めました。これにより南朝方の勢力を固め、2年後には大宰府に征西府を設置します。この期間は、九州南朝方の最盛期となりました。しかし、文中元(1372)年には九州探題・今川了俊に敗れ、大宰府から高良山へ撤退。その後も厳しい状況に直面し、文中3(1374)年には高良山も陥落。征西府は肥後菊池城へと移ることになります。この頃、懐良親王は征西将軍職を良成親王に譲ったとされています。天授3(1377)年、懐良親王は菊池城を後にして、大円寺へ入られました。それから弘和3(1383)年に薨去(こうきょ)されるまでの6年間、信仰の日々を送られました。大円寺の襖の下張りからは、菊と桐の御紋が見つかり、これは親王在住の証拠として伝えられています。現在、大円寺は懐良親王の位牌を安置する寺院であると同時に、星野氏累代の菩提所(ぼだいしょ)となっています。歴史と信仰を刻むこの寺は、懐良親王の足跡を今に伝える貴重な場所です。
星のウィッチの待ち時間に歩いていきました。なかなか興味深い資料でした。歴史好きは興奮すると思います。
資料館を見学したかったのですが、不在で二回目空振りしました。
室町時代を思いながら、参拝出来ました。
誰もいなくて、資料館が見れませんでした。
南北朝時代の歴史深いお寺です🙏。
お寺のおくさまが、黒豆のお接待をいただきました。ほのぼのとしたきもちになりました。
最高に理由など要らない。此処が好きだからです。
| 名前 |
玉水山 大円寺 (大圓禅寺) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0943-52-3547 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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