久光五穀神社へ、静かな参拝を。
五穀神社の特徴
甘木鉄道の甘木駅から北西3.3km、自然豊かな位置に鎮座しています。
朝倉街道の久光橋から徒歩10分、アクセス便利な神社です。
R386バイパスから集落の中を通り、山際に佇む静かなスポットです。
朝倉街道の久光橋から徒歩10分程の場所に在ります。ひっそりしており、ソノ静寂さが良いです👍近くに案内板も無いので、スマホの地図アプリ利用をオススメします。
久光五穀神社は、甘木鉄道の甘木駅の北西3.3kmほどの福岡県朝倉郡筑前町久光の山の麓に鎮座している神社です。江戸時代初期、筑前福岡藩初代藩主・黒田長政の時、久光村は栗田村から分かれ、産上神の五穀神社は明和2年(1765年)上高場村から久光村の阿弥陀ヶ峰に移されました。文政3年(1820年)筑前秋月藩は五穀神社の境内に倉を建てて飢饉に備えて米などを蓄えました。神社の階段の下は街道の分かれ道になっていて、南東の道は甘木・日田への豊後街道です。北東の山裾を縫う道は古く、弥永を通って秋月の城下町に向かいます。階段下の入口の鳥居は、安永3年(1774年)の建立で、拝殿の奥に離れて小さは祠(本殿)があります。御祭神は、食物穀物を司る女神の「豊宇気比売神」です。神社のある「久光(ひさみつ)」という地名は、かつてあった筑前秋月藩の夜須郡(やすぐん)久光村に由来します。明治22年(1889年)久光村、野町村、依井村、弥永村、大塚村、高田村が合併して大三輪村となり、久光村は消滅しました。明治29年(1896年)朝倉郡(あさくらぐん)大三輪村となりました。明治41年(1908年)大三輪村・栗田村が合併して三輪村が発足しました。昭和37年(1962年)三輪村が町制施行して三輪町となりました。平成17年(2005年)三輪町・夜須町が合併して筑前町が発足しました。豊宇気比売神(トヨウケヒメノカミ)は、日本神話に登場する食物や穀物を司る女神です。「豊(とよ)」は豊かな、「宇気(うけ)」は食物を意味し、食物の神としての性格が名前によく表れています。『古事記』では「登由宇気神」、『日本書紀』では「豊受姫命」と表記されます。神話において彼女は、伊勢神宮の内宮(天照大御神)の食事を司るために、丹波国(現在の京都府北部)から三重県の山田の原へ呼び寄せられたと記されています。このため、伊勢神宮の外宮(豊受大神宮)の祭神として祀られており、内宮と対をなす重要な神様です。食の神としての性格から、産業、衣食住の守護神としても広く信仰されており、特に丹後地方の真名井神社では「トヨウケノオオカミ」として信仰されています。また、一説には和久産巣日神(ワクムスビ)の子ともされており、食物の生成を司る非常に重要な神として位置づけられています。衣食住の恵みをもたらす、豊かな女神です。
| 名前 |
五穀神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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R386バイバスを甘木の方へ向かうと、左側の集落の中を走る通りがあり、進むと右手山際に神社は鎮座している。五十段位の石段を上ると御社となる。鳥居と御社の扁額には五穀神とある。御祭神等からすると古くからこの地域は穀倉として重要視されてきた地域なのだろう。御社の型は拝殿と本殿の分離型である。