江戸時代の黒田藩蔵屋敷門。
旧黒田藩蔵屋敷長屋門の特徴
江戸時代の黒田藩蔵屋敷の表門が見どころです。
大阪城へ通じる重要な街道沿いに位置しています。
立派な門構えが地域の歴史を物語っています。
綺麗に整備された長屋門大阪空襲から生き延びています。
天王寺公園内に保存されている江戸時代の黒田藩蔵屋敷表門(元は現在の中之島)哀しいかな誰か一人が🚬を吸うと人が集まってきて喫煙所のようになっていた。
昔に何度か訪れているのだが、門の存在はあまり記憶がなかった。以前は傷んでボロボロだったそうだが、今は綺麗に整備されて存在感がある。
殆どの方が素通りされてましたが、黒田藩蔵屋敷の表門でなかなか立派な造りです。
江戸時代の黒田藩蔵屋敷の表門。大阪府の有形文化財に指定。門から大阪市立美術館が見えます👀
ほとんどの方が素通りしていますが、なかなか立派な門です。「後藤又兵衛不閉門(ふへいもん)」と呼ばれていた門で、1615年 大坂夏の陣で豊臣方につき真田幸村らと共に戦い、討ち死にした現在の福岡県 黒田藩の武将の後藤又兵衛の帰りを、家臣等がずっと門を閉めずに待っていたからと言われています。真逆の「後藤又兵衛あかずの門」という別称も出てきましたが由来は不明です。「源蔵門」という名もあるそうです。元々は北区中之島3丁目3-3付近にあったそうで、昭和8年(1933年)に三井ビル建設の際大阪市に寄贈されこちらに移築された様です。 現在の渡辺橋駅の真前ですね。
何気なく通り過ぎていましたが、江戸地代・中之島にあった黒田藩蔵屋敷長屋門!とのこと。「現在中之島三井ビルの場所がおおむね福岡黒田藩の蔵屋敷で、これはその長屋門である。数少ない蔵屋敷遺構の一つで、昭和8年三井ビル建設に際し、大阪市に寄贈された。」旧黒田藩蔵屋敷長屋門 碑より。
立派な門でした。梁など、だいぶ老朽化が進んでるように見えました。
大阪城まで一本道で平野郷や堺に奈良に抜ける街道沿いで大切な守りの要だったろうか立派な門構えです。
| 名前 |
旧黒田藩蔵屋敷長屋門 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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天王寺公園内に位置する、江戸時代中期の蔵屋敷の遺構をもつ数少ない物の一つとの木造の長屋門。元は中之島にあったもので、大阪市に寄贈され移築されたそう。突然の門。気付かなかったですが、立派な門でした〜いつまでも守っていって欲しいですね。