益田市を一望!
櫛代賀姫神社の特徴
独特な本殿と趣のある境内で歴史を感じられます。
益田川河口を見渡せる高台に、絶景の展望地があります。
石見神楽が行われる、閑静な雰囲気の古社です。
櫛代賀姫神社(くしろかひめじんじゃ)。島根県益田市久城町。式内社(小)櫛代賀姫命神社、旧県社。【祭神】櫛代賀姫命 (配祀)応神天皇資料によると、社伝によれば、往古、大浜大谷浦に鎮座していたという。この浦に、女島(姫島)・男島(彦島)・中身島という島があり、神代に、この女島(姫島)へ降ったという。後、聖武天皇天平九年(737)九月、官の命により社殿を造営。大同元年(806)石見観察使、藤原緒継の霊夢のより、現在地久城明星山に遷座。その後、絶社となったが、承和七年(840)八月に再建された。祭神は、櫛代賀姫命。この地方を開拓した櫛代族の祖神。同じく石見国式内社である、浜田市の櫛色天蘿箇彦命神社(くしろあめのこけつひこのみことじんじゃ)は、石見の海岸部を根拠地とした櫛色一族が、その祖を祀った神社だが、櫛代族と櫛色族は同じものだろうか、どちらも「クシロ」と読む。伝承によれば、大浜大谷浦の姫島と彦島で、当社の櫛代賀姫命と櫛色天蘿箇彦命(くしろあめのこけつひこのみこと(櫛色天蘿箇彦命神社))が逢引きしたとも。中古、応神天皇を合祀したため、「はまのやはた」と呼ばれているようだ。とあります。
櫛代賀姫神社(くししろかひめ)698-0001 島根県益田市久城町963祭神:櫛代賀姫命神紋:上り藤に「久」社伝によれば・・神代、大浜大谷浦(現在の木部・大日霊神社~浄円寺間の男島には櫛色天羅箇彦命、女島に櫛代賀姫命)が降臨して・・櫛代賀姫命=(この地方を開拓した「クシロ一族の祖神」として)が当地に鎮座した。その後737年に社殿を造営して、806年に現在地・久城明星山に遷座して来た。この遷座の顛末を① 獅子舞 ➁ 相撲 ③ 針拾いの神事に表現して「保存=伝え」てきたと云う。尚、益田市には「大元神社」が3か所存在する。とにかく、櫛代賀姫神社に佇めば何故か「ホット」する。
櫛代賀姫神社=くししろかひめ じんじゃ益田氏の手厚い保護を受けた神社です。現在の本殿は、益田氏が長門国須佐に移った後の明和2年(1765年)に建立されたものですが、益田氏19代 藤兼、20代 元祥による天正12年(1584年)の再建時の古材を一部再利用しています。
国登録有形文化財(社殿の一部) 櫛代賀姫神社(くししろかひめじんじゃ)歴史を感じさせる、重厚さを感じさせる社殿でした。神社敷地内から、益田川を一望できる、気持ちの良い神域でした🍀
福王寺口バス停から月見橋を渡り、東へ。途中、カーブに差し掛かる石段から上がり、歩いて15分ほどで駐車場に出ると、益田川が見渡せる高台になっていて、後光が差している。鳥居近くの黄色に色づいたイチョウの木を眺めては、境内に失礼し、拝殿でお参り。事前にお約束した時間に御朱印を拝受し感謝✕2。お礼申し上げました~
市街地からさほど離れてませんが、細い道をグルグルと・・・神社北からの道を入れば駐車できます。由緒書きのような説明も有り清掃も行き届いてます。
独特な本殿でしたが奥行があり、歴史を感じさせる趣のある神社でした‼️鳥居の手前には益田川河口・海が見渡せる展望地があり、景観も良かったです🎵🎵
延長5年建立、とても歴史のある神社。宮司さまがいらっしゃれば御朱印を頂くことができます。
櫛代賀姫神社、初参拝しました🙆こぢんまりしていますが、境内や本堂は綺麗にされていました。神主さんが出掛けるところでしたが、丁寧な対応で手書き対応して頂きました✨
| 名前 |
櫛代賀姫神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0856-22-1634 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 8:00~17:00 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6482 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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櫛代賀姫神社には江戸前期と思われる越前笏谷石の小型狛犬があります。江戸前期地言われたのは蕗の博物館の狛犬の研究者の方が言われました。江戸前期に益田と越前は交流があったようです。詳しい内容はわかりません。廻船の船頭から寄進されたようです。石見の赤瓦も残っています。