山奥に佇む由緒ある神社。
佐毘賣山神社の特徴
祭神は金山彦命と金山姫命で、金属神を祀る神社です。
全国一の規模を誇り、歴史ある式内社の古社です。
石見銀山と深い関わりを持つ、由緒ある神社です。
益田市内の仕事があり、その帰りにより参拝いたしました。この辺では最古との事で趣きのある神様でした。御神水を頂きました。軟水で冷たくて大変美味しかったです。祀られている神々の説明は割愛させていただきます。他のレビューに詳しく説明してくださってますので参考に。神社⛩️に辿り着くまでの道のりは、細い林道で寂しくなりましたが神社付近は少し開けており、よく手入れされた綺麗なところです。参拝した後は社屋の左に歩いて行くと蛇口が二つあり御神水がいただける様になっています。大変美味しので頂いてみてくださいね。そしてご馳走になったらお賽銭を弾んでください(笑)、維持管理されてらっしゃる氏子の皆さんに敬意を払い、感謝しましょう!
山奥にある、とても由緒ある神社です。
佐毘賣山神社さひめやまじんじゃ島根県益田市乙子町51祭神金山彦命金山姫命神産みにおいてイザナミが火の神カグツチを産んで火傷をし病み苦しんでいるときに生まれた神文字通り金属神です金属神の総元締めの美濃国南宮大社が勧請したとの伝承がありますなお島根県の瓦の色は別添画像の通り柿色ですが石州瓦として地元ではスタンダードです。
全国一の規模の山神社です。島根県の真ん中にある三瓶山。その麓にあるのが佐比賣山神社です。オオクニヌシが国づくりの時、ここに池を作り稲種を蒔き、桑の使い方から教えた農業の事始を行った場所とし、三瓶山(佐比賣山)を杭として、国来国来(くにこくにこ)という掛け声の基に新羅の岬を国引きして、国を作ったと語られています。縁を引き寄せる、または新しく事を始めるにはお勧めの神社です!★拝殿の扉は開けて、中へ入って参拝できます!駐車場あり。
式内社の古社。車一台の細い道を登った先にあります。道の途中にクマ出没の看板を見て、少し緊張して車を停めました。
石見銀山に鎮座する佐比売山神社の所縁の宮。
| 名前 |
佐毘賣山神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6486 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)。島根県益田市乙子町。式内社(小)、旧村社。【祭神】金山彦命 金山姫命 埴山姫命 大山祇命 木花咲耶姫命(配祀)闇おかみ神 広国押武金日天皇(合祀)水波能賣命 国常立命 多紀理毘売命 狹依毘売命 多紀都毘売命資料によると、往古は、比礼振山の山頂に鎮座していたらしい。所在地の名を「佐比売山」と称するのは、佐は狭土・狭霧・小夜などのごとく接頭語で、要するに姫山ということである。社伝によると、当初は、金山姫命・埴山姫命・木花咲耶姫命の三柱の姫神を祀った姫山神社であったが、宇多天皇の御代、寛平五年(893)に、美濃国の中山南宮神社より金山彦命を勧請し、合せて大山祇命をも祀って、五社大権現と称していたという。貞治四年(1365)、旱魃が起こり、山頂に千束の薪を焚き、雨乞いをしたところ、雨が夥しく降り、五穀豊穣になったことから、闇靇神と廣國押武金日天皇を合祀し、「蛇王権現」「蔵王権現」とも称されるようになった。寛政三年(1791)、現社名に改称し、明治五年、村社に列せられた。このように、当初は姫神を祀るお宮であったものが、金山彦命や闇靇神などの神々を迎えて、変化したもの。鎮座地の「乙子」は、祭神の一柱・木花咲耶姫命が大山祇命の乙姫御子であるからといい、本来は姫神が主であったことがわかる。社殿は山頂にあったが、野焼きのため火災のおそれがあるという理由で、文安三年(1446)、山腹に遷座。その場所は、往来の下にあったため、萬治三年(1660)、現社地へ遷された。石見銀山(大田市)にある佐毘売山神社は当社の分社である。とあります。