ノスタルジー漂う白い洋式灯台。
神島灯台の特徴
八代神社からさらに上った場所にある小ぢんまりした灯台です。
航海の難所、鳴門や音戸、伊良湖度合を守る歴史が刻まれています。
小説『潮騒』にも登場する三重県鳥羽市の神島灯台です。
神島の高い場所に位置する灯台。三島由紀夫の潮騒の舞台。恋人の聖地と呼ばれています。そしてパラノマサイト伊勢人魚物語にも登場します。白い灯台が綺麗です。海を望む景色も素敵です。灯台だけあってここまで辿り着くのにかなり登りますので、ご留意を。
三重の旅で、立ち寄りました。答志島から神島に行き、近畿自然歩道で訪れました。港から八代神社経由で行くのが、一番近いです。灯台は、1910年に点灯し、1963年まで灯台守がおり、映画「潮騒」の舞台にもなりました。灯台からは、伊良湖水道を往来する船舶が見れ、伊良湖崎、渥美半島も眺められます。恋人の聖地プレートが設置されていますが、金色だったプレートは、色あせてシルバーになっていました。時が止まった様な、どことなく昭和感漂う場所でした。
灯台に向かうまでは蜘蛛の巣がたくさんある細いコンクリートの階段を登り続けます。日暮れ時は暗くなるので、早めに降るのをお勧めします。景色は開放的で良いですが、少し寂しさを感じました。
高さ約11m、初点は1910年の白い洋式灯台。日本の灯台50選に選ばれています。自家発電を利用した電気灯の灯台としては尻屋崎灯台に次ぐ国内では2番目の灯台です。海上の難所であり予てから設置案は出ていたが、計画止まりだったらしい。しかし軍艦朝日が接触して見つかった朝日礁の発見により早急な建設の後押しとなっている。階段を登り上がった先は灯台と海の見える展望所となる。灯台の下部は官舎で外から覗いた感じでは小さな公民館っぽい。展望所にはウエディングドレスのデザイナーとして有名な桂由美氏の名が刻まれたプレートが埋め込まれ恋人の聖地となっています。小説潮騒にも登場。作中では眺めの良い場所のひとつと表現され、新治が世話になった官舎へ魚を届けに行くシーンが描かれています。港からは神社経由で約750m。登り坂と階段が中心の道となるので歩きやすい靴が良いでしょう。
灯台の頭だけが置いてあるような小ぢんまりした灯台です。
八代神社からまだ上に上がります!夏はとにかく暑さと蚊と虫に注意ください!
阿波の鳴門か音戸の瀬戸か伊良湖度合が恐ろしやとうたわれる航海の難所を守ってきた。灯台50選。当然由紀夫も来ている。
八代神社を通過して15~20分程歩くと着きますが、夏場の場合には到着時に汗ダクになっている事でしょう。八代神社から先の灯台、その先にあるコンクリート製建造物、小中学校を過ぎて港町へ戻るまで一切水分補給スポットがありませんので夏場は要注意です!さらに起伏に富んだコースであり、コースの7割方は階段および坂道です。サンダルでは怪我をする可能性が高いので靴は必須です。体力に自信がなかったり、熱中症になりやすい体質の方は夏場の島1周巡りは非常に危険ですのでやめておいた方が良いです。気軽にタオルもお茶も持たずに1周コースへ入ってしまい、半分過ぎた辺りでとんでもないコースへ来てしまったと後悔しました。1周周る頃には体力も限界で、たまたま運良く周れたと思いました。夏場に周るのなら、登山装備万全で臨むべきコースです。
2003年12月に訪れました。灯明山の中腹に立つ神島灯台は日本で初めて白熱電球を使用した灯台として1910(明治43)年に点灯されました。また自家発電による電気灯としてもアーク灯を使用した尻屋埼灯台に次ぐ2基目です。灯台の周囲には猫が沢山いましたが、不用意にバッグを開けると跳びかかってくるのもいるので気をつけましょう。神島は三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台になったことで有名ですので、のんびりと島を一周するのが眺めも素晴らしくて宜しいかと思います。
| 名前 |
神島灯台 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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鄙びた雰囲気がノスタルジーを呼び起こす、とても素敵な灯台でした。8月1日というド真夏に訪れましたが、夏の雰囲気と灯台の白く滑らかなフォルムがとてもマッチしていて綺麗でした。「阿波の鳴門か音戸の瀬戸か伊良湖度合が恐ろしや」と船頭歌に歌われるほどの海の難所、伊良湖水道を照らす重要な灯台で、江戸時代には既に前身が建設されていました。世界で初めて無線電話を行った灯台であり、日本の灯台50選にも選ばれています。近畿自然歩道によってアクセスできます。虫が大丈夫な方は夏の来訪をお勧めします。