弥生の人骨発見の地へ。
安房神社 洞窟遺跡の特徴
太古の遺跡である洞窟遺跡には、弥生時代の人骨が発見された場所がある。
本殿の裏手にはひっそりと位置し、歴史を感じられる貴重なスポット。
見学者が訪れることで、遺跡の神秘を体感できる静かな雰囲気が漂っている。
太古の遺跡です。
本殿うらに、ひっそりとあります。参拝ついでに、寄ってみる価値ありますよ。
弥生時代の頃と当時推測された人骨が見つかった場所がここです。見つかった人骨は弥生時代の頃に当地へ移住してきた忌部に一族の骨として「忌部塚」に再埋葬されています。参道脇にある社務所の裏に忌部塚があります。斎館の裏に発掘場所に関する案内板があり、当時の学術調査の様子を知ることができます。分かりにくい場所ですが、今では「忌部塚」への参拝が出来ないので、代わりに見学してきました。とは云え、発掘された場所は埋め戻されているので、イメージし難いです。
本殿うらに、ひっそりとあります。参拝ついでに、寄ってみる価値ありますよ。
弥生時代の頃と当時推測された人骨が見つかった場所がここです。見つかった人骨は弥生時代の頃に当地へ移住してきた忌部に一族の骨として「忌部塚」に再埋葬されています。参道脇にある社務所の裏に忌部塚があります。斎館の裏に発掘場所に関する案内板があり、当時の学術調査の様子を知ることができます。分かりにくい場所ですが、今では「忌部塚」への参拝が出来ないので、代わりに見学してきました。とは云え、発掘された場所は埋め戻されているので、イメージし難いです。
神社の脇に石洞あるなあ、、、、、と思っていたら、どうもそれが古墳時代の遺跡らしく、遡ると縄文時代からこの地で人が暮らしていたらしい!拝殿本殿の奥にも洞窟あり!
斎館の裏手に回り「本当にここでいいのか」と疑いたくなるような場所に説明書きのみがあります。洞窟は埋め戻されているので説明書き以外は特になにもありません。洞窟に埋葬されていた抜歯された数十体の遺体が誰か、忌部氏関係の者なのかは、現状よく分からないということのようです。
| 名前 |
安房神社 洞窟遺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/p411-037.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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周辺のオススメ
この洞窟遺跡は、埋め戻されており、見ることはできません。場所は、安房あづち茶屋の隣にある斎館という建物の裏です。ここから出土した人骨の一部が、安房あづち茶屋の反対側にある社務所の横の細い道を入り、数分歩いた先に埋葬されて、忌部塚となっています。発見の契機は、1932 (昭和7) 年、関東大震災の復旧工事として安房神社の参籠所 (さんろうしょ) の改築に伴う井戸の掘削工事が行われたことでした。地表下約1mのところで偶然に洞窟が発見され、洞窟内の堆積土のなかから、人骨や土器などがみつかりました。洞窟の発見直後、発掘調査が行われ、人骨、貝製腕輪193個、石製の丸玉3個などとともに土器が出土しました。出土した遺物は、弥生土器を主体としたものであることから、出土人骨の年代を弥生時代の末期と報告し、特徴的な抜歯のある弥生時代の人骨が多数出土した洞窟遺跡となりました。その後、発掘された土器が縄文時代のものである可能性が指摘され、2008 (平成20) 年から再度、発掘調査が行われました。その結果、洞窟の大きさは開口部は不明ながら、全長が推定22m以上、幅が約4.5mの規模であることがわかりました。出土した遺物の大半は、縄文時代晩期の五貫森 (ごかんもり) 式という東海地方でよく使われた土器の破片で、1932 (昭和7) 年の調査による縄文土器片も同種のものと考えられています。縄文時代晩期は抜歯の風習が盛んに行われていた時期にあたり、考古学の成果からは、縄文時代晩期の抜歯人骨である可能性が高くなったそうです。