千里の浜で貝を拾い、アカウミガメに出会う旅。
千里王子跡の特徴
駐車場から階段を下りると、小さなカニが出迎えますよ。
千里の浜では貝殻を拾い、安産祈願の風習が楽しめます。
アカウミガメの産卵で有名なスポット、千里王子神社です。
熊野古道で唯一の海岸砂浜歩きという事で楽しみにしていました。砂浜の傍にあるので立地的にも新鮮でした。
千里の浜ば、「枕草子」に「千里の涙、ひろうおもひやらる」と書かれているはか、『伊勢物語』『大鏡』『保元物語』など、多くの文学作品に登場する景勝地です。『大鏡」には、花山法皇が熊野参詣の途中、千里の浜で病気になり、海岸の石を枕にしてお寝みになった、という逸話を載せています。確かな記録では、天仁三年十月二十一日、藤原宗忠が昼食のついでに、海水を浴びて塩垢離をしています。千里王子の初見は、藤原定家が後鳥羽上皇の参詣に随行した時の目記で、建信元年十月十二日に参拝しています。なお、定家は、その後、紅露(現・中辺路町)で行われた歌会で、「くもきゆるちさとのはまの月かげはそらにしぐれてふらぬしらゆき」という、千里の浜にちなんだ歌を詠んでいます。また、承元四年、修明門院の参詣に随行した藤原頼資も、四月二十七日に千里王子に参拝しています。この王子社は、室町時代には「貝の王子」とも呼ばれたようで、応永三十四年(一四二七)、足利義満の側室・北野殿の参詣の際には、浜辺で拾った貝を、王子社に奉納しています。江戸時代には、紀州薬主徳川頼宣が、寛文四年(一六六四)に拝殿を建立して復興に尽くしました。明治時代には、千里王子神社となり、その後、須賀神社に合祀されましたが、安永五年(一七七六)建立の本殿は残されました。この社殿は、建築年代の確かな王子社として貴重です。
youtubeの和歌山もんTVにも動画がありますので是非ご視聴下さい。千里海岸の少し高くなったところにある熊野九十九王子の一つだそうです。
駐車場から階段で少し下ります階段途中には小さなカニに会えますよ。
ご利益あるとされている無数の貝殻が凄く素敵でした。
熊野99王子のひとつで、砂浜の貝殻を千里安産観音に載せるとご利益があるそうです。
千里王子神社和歌山県日高郡みなべ町山内259祭神倉稻魂命彦火火出見尊貝の王子と呼ばれ貝を拾って供える風習があった貝は子安貝が主たるもの(別添画像参照)子安貝(カウリーシェル)は中国古代の神聖王朝・商(殷は周からの蔑称)が大変好んだもの商は琉球方面より入手と推察殷周革命(BC1050年)で商は滅んだがどういう訳か列島の支配者は商・宋ラインがいいみたいで周・漢は苦手みたいで絶えず江南の政権と接触列島の政権も子安貝を好んだ列島の支配者は商の後裔なるか?又この地域は紀州は生んだ偉大な天才、一切知を目指した南方熊楠氏が長く住んだ所南方熊楠氏は「燕石考」あり燕が貝を拾って来て子燕の眼病を治すという論考この話はウラルアルタイ語族の最古の物語と言われる日本の「竹取物語」に影響していますなお王子とは京洛から熊野大社に行く途上にある礼拝所兼宿所です海岸近くの風光明媚な所。
熊野古道の九十九王子の1つ。道中の安全を祈願して貝を奉納する習慣があったことから、「貝の王子」と呼ばれたそうです。
ご祭神:宇迦之御魂神(または彦火火出見尊)配祀:事解男命。
| 名前 |
千里王子跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0739-74-8787 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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ここからの景色はすばらしい。人も殆どいないのでゆっくり海を眺めることができます。できれば熊野古道紀伊路を歩いてここにたどり着いてもらいたい。