千里の浜、貝のご利益巡り。
千里王子跡の特徴
駐車場から階段を下りると、小さなカニが出迎えますよ。
千里の浜では貝殻を拾い、安産祈願の風習が楽しめます。
アカウミガメの産卵で有名なスポット、千里王子神社です。
熊野九十九王子のひとつ。桓武天皇が創建したと伝えられています。千里の浜は熊野古道で唯一砂浜を歩くところで、枕草子や伊勢物語に登場する景勝地。
熊野古道と言えば皆様、山深い石畳の道などを思い浮かべられることでしょう。少なくとも海岸の砂浜を思い出される方は皆無かと思います。そう、ここは「忘れられた熊野古道紀伊路」です。岩代王子から歩いてくると、この千里王子手前ほんの100mほどですが砂浜を歩きます。かつては岩代王子から通して砂浜を歩けたそうですが、今では防波堤や砂防ダムなど環境の変化で砂浜消失が進み短くなってしまったと思われます。それでもこんなに広い広い砂浜は初めて来ました。アカウミガメも産卵に上がってくる浜だとの事。こんな貴重な砂浜を、この次の千年先の子孫に残したいものです。2026年1月3日奉拝。感謝。
熊野古道の一部である、大辺路(おおへち)ルート沿いに位置しています。「王子」とは、熊野権現の御子神を祀る神社のことで、熊野詣の道中に休憩や遥拝を行う場所でした。千里王子跡には、石碑や観音像が設置されており、静かな佇まいです。周辺は千里の浜と呼ばれ、アカウミガメの産卵地としても知られています。写真には、千里観音も写っています。熊野九十九王子の一社として栄えた王子で、古代から中世にかけて花山法皇、後鳥羽上皇など歴代上皇や貴族が、近世では紀伊藩主や田辺領主をはじめとした多くの人々が参詣しました。
ここからの景色はすばらしい。人も殆どいないのでゆっくり海を眺めることができます。できれば熊野古道紀伊路を歩いてここにたどり着いてもらいたい。
熊野古道で唯一の海岸砂浜歩きという事で楽しみにしていました。砂浜の傍にあるので立地的にも新鮮でした。
千里の浜ば、「枕草子」に「千里の涙、ひろうおもひやらる」と書かれているはか、『伊勢物語』『大鏡』『保元物語』など、多くの文学作品に登場する景勝地です。『大鏡」には、花山法皇が熊野参詣の途中、千里の浜で病気になり、海岸の石を枕にしてお寝みになった、という逸話を載せています。確かな記録では、天仁三年十月二十一日、藤原宗忠が昼食のついでに、海水を浴びて塩垢離をしています。千里王子の初見は、藤原定家が後鳥羽上皇の参詣に随行した時の目記で、建信元年十月十二日に参拝しています。なお、定家は、その後、紅露(現・中辺路町)で行われた歌会で、「くもきゆるちさとのはまの月かげはそらにしぐれてふらぬしらゆき」という、千里の浜にちなんだ歌を詠んでいます。また、承元四年、修明門院の参詣に随行した藤原頼資も、四月二十七日に千里王子に参拝しています。この王子社は、室町時代には「貝の王子」とも呼ばれたようで、応永三十四年(一四二七)、足利義満の側室・北野殿の参詣の際には、浜辺で拾った貝を、王子社に奉納しています。江戸時代には、紀州薬主徳川頼宣が、寛文四年(一六六四)に拝殿を建立して復興に尽くしました。明治時代には、千里王子神社となり、その後、須賀神社に合祀されましたが、安永五年(一七七六)建立の本殿は残されました。この社殿は、建築年代の確かな王子社として貴重です。
youtubeの和歌山もんTVにも動画がありますので是非ご視聴下さい。千里海岸の少し高くなったところにある熊野九十九王子の一つだそうです。
駐車場から階段で少し下ります階段途中には小さなカニに会えますよ。
ご利益あるとされている無数の貝殻が凄く素敵でした。
| 名前 |
千里王子跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0739-74-8787 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
【千里王子の悲劇と美食】おお、千里の浜を見よ!かつて皇子が死を予感しながら歩いたこの砂浜は、今や訪れる者の心を洗う聖地。「生きるべきか、死ぬべきか」などと悩む前に、まずは地元の味に舌鼓を打つのが賢明というもの。この地はかつて貝を供える風習があり、「貝の王子」とも呼ばれました。飛鳥時代の政治的陰謀に巻き込まれた有間皇子の哀歌が、今も波音に混じって聞こえるかのようです。熊野古道の風情を残す千里の浜は、現代の悩める者にとっての「癒やしの舞台」。近くのみなべ町といえば、言わずと知れた紀州南高梅。王子の悲劇を忘れるほどに酸っぱい梅干しは、旅人の疲れた喉を癒やし、ハムレットの復讐心さえも中和してくれることでしょう。千里王子は、まさにデンマークの城壁に現れる亡霊のごとき、時を超えた悲劇の舞台でございます。かつて有間皇子が「家にあらば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕旅にしあれば椎(しひ)の葉に盛る」と詠んだその場所は、まさに日本版ハムレットの如き謀略と儚さが交錯する地。現在では熊野古道の巡礼路として、風の囁きが歴史の吐息のように聞こえる神秘的なスポットです。