水木しげる生誕の地で感動を!
水木しげる先生 生誕の地の特徴
水木しげる先生が誕生した大阪の粉浜村、歴史が息づく場所です。
ゲゲゲの鬼太郎に馴染み深い水木しげる生誕の地の記念碑です。
地元の方々が尽力して建立した顕彰碑が地域のシンボルとして立っています。
南海本線粉浜駅のすぐ東側にこの石碑はあるんです水木しげるロードは鳥取県の境港が有名ですが、ここ大阪の住吉区東粉浜の生まれとは知りませんでした石碑には生い立ちが書かれていてここで生まれたがすぐに父母の実家のある境港へ戻ったと書かれています同じ場所に万葉集の一歌も彫られた石碑と一緒に飾られていますその中にはこの地でしじみが取れたかともきれているのでこの場所は海の砂浜だったことを表しています。
南海電車粉浜駅前東側。手入れされて居るのか、綺麗でした、この地域で誕生された、事はしりませんでした。勉強に成りました。歩道の広い場所に有るので年中見れます。駅下にはスーパーがあります。粉浜商店街から玉出に向けて江戸時代からある。粉浜街道が有ります。粉浜街道の看板🪧が玉出側に案内してます。質問で食品。飲料水の販売。お手洗い。の有るか❓️無いかの問い合わせが来ます。歩道上の石碑です。
小さい頃に見ていたアニメの作者が生まれた場所。偶然通り掛かりましたが、ここで生誕されたんですね。
水木しげる先生(本名武良茂1922年〜2015年)は大正11年3月8日大阪府西成郡粉浜村(大阪市住吉区東粉浜3丁目)で誕生した当時大阪の会社に勤めていた父亮一のもとに母琴江が赴いていた時次男の茂(水木しげる)を出産した、生後間もなくして母子は鳥取県西伯郡境町(境港市)に帰郷した、青年期には画家を志し再び大阪に出て印刷会社で働きながら大阪上本町の精華美術学院中之島洋画研究所等で絵画を学んだその後南方の激戦地における壮絶な戦争体験を経て復員そして紙芝居画家など様々な職業を経て漫画家となった「テレビくん」「ゲゲゲの鬼太郎」「悪まくん」「河童の三平」等の作品を生み出し平成27年11月30日93歳で逝去、先生の生誕百年を記念し令和4年3月に顕彰碑を建立した。
水木しげる生誕100周年に記念碑が立てられました。住吉大社に近いこの辺で水木しげるが生まれ、その後も大阪で芸術活動をしていたとは感慨深い。
ゲゲゲの鬼太郎の水木しげるさんがまさか粉浜のご出身だったとはめちゃくちゃ驚きました😳鬼太郎か目玉親父のブロンズとかもあればもっと素敵だね😊
粉浜商店街のそばの水木しげる生誕の地の記念碑を撮っていると自転車のおばちゃん2人なんであの人写真撮ってんねやろ?と大きな声。もう1人がなんで!水木しげるここで生まれたんやで!嘘?境港ちゃうん?あんた知らんのかいな!でまた1人水木しげるは粉浜生まれを知る人が一人増えました。
誕生100年に向けて、水木先生が大阪の生まれであることを知ってもらい、地域のシンボルになればと尽力された地元の方々の想いが伝わります。
| 名前 |
水木しげる先生 生誕の地 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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たまたま通りがかりに発見したのだが、何か親しみが湧き、パシャリ! Σpω・´)鳥取とばかり思っていたが大阪にも縁があったのを知り、嬉しく感じた☺️☺️☺️