鳥取城三階櫓跡で景色満喫。
鳥取城 二ノ丸三階櫓跡の特徴
鳥取市内を見渡せる最高の絶景スポットです。
花見の季節には賑やかで活気あふれる場所です。
藤岡弘が紹介した歴史ある城門の立派な石垣です。
元禄5年(1693年)に落雷により山頂の天守が焼失してからは、鳥取城の天守としての役割りを果たしてきた二の丸三階櫓の跡。三層三階の巨大な櫓は享保5年(1720年)の大火で一度は焼失するも、鳥取藩の権威の象徴であったことからすぐさま再建を開始し、元文元年(1736年)に竣工してからは明治時代の廃城令により解体されるまでその偉容を誇ったという。
2026.4 関ヶ原の合戦後、池田氏がこちらへ入り、1617年に三階櫓も設けられた。現在、鳥取城跡は復元中で、こちらの三階櫓も復元の対象となっている。将来観る事は楽しみだ。
お城は無いけど鳥取市街がよく見える。
仁風閣観光に訪れました。が、5年間改修工事のため立ち入り禁止とのこと…。散歩にここまで登ってきましたが、景色が良い!鳥取ののどかな雰囲気にぴったり。もう少し遅ければ桜が楽しめそうでした。
「鳥取市:鳥取城 三階櫓跡」2024年9月に訪問しました。山上の「天守」が焼失した後、山麓の二の丸にあるこの「三階櫓」が天守代用となりました。この櫓は明治初年の古写真に外観が写っていて無破風の層塔型、石落としも無く、下見板張りの壁に白の格子戸が中央に付いています。しかしその後、廃城令において軍事的価値が認められ存城となりましたが、明治12年(1879)にはその役を終え、城内主要建物がすべて解体されました。「三階櫓」の櫓台は、1943年の鳥取大地震によって崩壊しましたが、1960年から6年の歳月をかけて積み直しがされました。櫓台は反りが無く真っ直ぐに立ち上がり、「打込接・乱積」で、「算木積み」も完成度高い積み方がされています。
この場所にはかつて三階建ての櫓が置かれ、元禄5年(1692年)に山上ノ丸の天守櫓が焼失したのちは明治12年(1879年)に解体撤去されるまで、この櫓が鳥取城を象徴するものとなっていました。櫓跡から市街地がきれいに見えますので、久松山の山頂まで行く時間がなかったり、体力的に難しい場合でもこちらからなら手軽に眺望を楽しめると思います。
お堀の中にある駐車場が小さいので、県庁駐車場からお堀ばたを歩いていきました。坂は辛いです。
鳥取城の山下の城には天守閣はなくこの三階櫓が天守閣の代わりだったようです。山上ノ丸の天守が焼失してからは天守の代用とされていました。明治維新後に解体され、現在のところ復元はされていません。その姿は明治初期の写真で確認できます。この三階櫓の石垣は迫力があり見事です。またここからの眺望も大変綺麗です。
桜が綺麗に咲いています。人混みは多くありませんが、人は途切れず往来していました。階段の登り下りは良い運動になりますね。
| 名前 |
鳥取城 二ノ丸三階櫓跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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三層櫓がありし日を思いながら伺いました。ここからの景色はいいですね。石垣も立派ですが。