旧伊藤飛行機研究所の滑走路跡。
旧伊藤飛行機研究所滑走路跡の特徴
住宅街にひっそり佇む、かつての滑走路跡地です。
伊藤音次郎氏によって設立された歴史ある場所です。
優秀な民間飛行士を養成した名残を感じられます。
ごくごく普通の住宅街の公園がかつては「伊藤飛行機研究所」の滑走路でした。昔をしのぶ面影はまったくありません。公園の入口そばに案内板があります。
優秀な民間飛行士を養成した伊藤飛行機研究所の跡地です。飛行機の製作や懸賞飛行で優勝するなど多くの業績を残しました。
| 名前 |
旧伊藤飛行機研究所滑走路跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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碑文: 旧伊藤飛行機研究所 滑走路跡伊藤飛行機研究所は、大正七年四月一日、鷺沼三丁目の旧千葉街道沿いに、伊藤音次郎氏によって開設されました。伊藤氏は、明治四十五年日本初の民間飛行機練習所を稲毛海岸に開いた奈良原男爵の弟子で、大正四年に独立し稲毛海岸に伊藤飛行機研究所を創設しましたが、大正六年九月の台風と高潮で施設が壊滅したため、翌年鷺沼海岸に再開しました。当時この辺は遠浅の海で、潮が引いたあとの千潟は格好の滑走路となり、この千潟を利用して約百五十名の飛行士が養成されました。昭和六年、研究所は飛行機製作部門の伊藤飛行機製作所、飛行士養成部門の東亜飛行学校・帝国飛行学校に分かれ、昭和二十年八月、第二次世界大戦終戦とともにすべて解散されました。大正四年の創設以来、製作された飛行機は五十四機、グライダーは十五機種二百余機でした。平成十八年三月習志野市教育委員会。