淀橋町の謎の石柱、真相は。
淀橋町道路元標の特徴
上部が欠損した淀橋町道路元標の謎に迫る、興味深い史跡です。
本当の淀橋町の石柱か確認できない不思議な雰囲気を楽しめます。
道路元標の歴史を感じながら散策するのに最適な場所です。
豊多摩郡淀橋町道路元標(とよたまぐん よどばしまち)明治22(1889)年4月の町村制施行により角筈村と柏木村の合併で南豊島郡淀橋町が成立。明治29(1896)年4月、南豊島郡と東多摩郡が統合して豊多摩郡となる。昭和7(1932)年10月1日、東京市に編入され淀橋区の一部となり、淀橋町は消滅した。道路元標上部の欠損は勿体ない。補修のうえ説明板でも設置してもらえたら嬉しい。
再訪問。まだ健在でした。道路元標は大正8年に制定された旧道路法に基づき全国各地の市町村に置かれた基準点です。一番有名なのは、日本橋にある日本国道路元標でして、そこから一番近いのがこの淀橋町道路元標です。この道路元標は背面に東京府と彫られています。古そうですが、府中町道路元標がコレと同じフォントで背面に同じく東京府と彫られています。府中町道路元標には平成2年の復元と案内板があります。淀橋道路元標は案内板も無く、オリジナルなのかレプリカなのかは不明です。
| 名前 |
淀橋町道路元標 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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淀橋町道路元標とされている石柱だが、上部が欠損しているため本当に淀橋町のものかは未確定。現在地が旧淀橋町域であることは間違いないが、告示の淀橋町道路元標設置位置は別の場所である。