富士山を望む歴史探訪。
旧高欄の特徴
WW2中に作られた耐弾層を間近で見られる史跡です。
晴れている日には富士山を一望できる絶好のスポットです。
歴史を感じられる場所で、特有の雰囲気が楽しめます。
サイクリングで訪れました。前回は 平日の夕方に訪れたため 近所の人が 犬の散歩 を していたり 涼みに来られている人が多かったですが、今回は祝日だったため 外国の観光客 や たぶん 西武園からの流れで寄ったであろう方々が けっこう居られました。貯水池とはいえ なかなかの 眺めで 日によって 景色が違うのが また いいですね。多摩湖の周りを サイクリングする人 や ランナーが 多かったのは 地域の方に愛されているのだと感じました。トトロの影響もあるのですかね~(笑)。
WW2中の1943-1944年かけ、アメリカ軍の爆撃から堰堤(ダム)を護るため玉石をコンクリートで固めた「耐弾層」が作られた。その際、元からあった高欄(欄干)が埋もれてしまったが、2003-2009年の堰堤補強工事で耐弾層が撤去された時に現れた。この高覧の奥、四阿横の湖水際にも同時期に作られたと思われる古い高欄(若干デザインが異なる)があるが、古い航空写真で見ると、これは耐弾層に埋もれることなくずっとここにあったものの様思える。
WW2中の1943-1944年かけ、アメリカ軍の爆撃から堰堤(ダム)を護るため玉石をコンクリートで固めた「耐弾層」が作られた。その際、元からあった高欄(欄干)が埋もれてしまったが、2003-2009年の堰堤補強工事で耐弾層が撤去された時に現れた。この高覧の奥、四阿横の湖水際にも同時期に作られたと思われる古い高欄(若干デザインが異なる)があるが、古い航空写真で見ると、これは耐弾層に埋もれることなくずっとここにあったものの様思える。
晴れていて眺めは最高。
歴史が感じられるのかな。
晴れていれば富士山が一望。
不容易發現它!
平成10年(1998年)に始まった堤体強化工事では、第二次世界大戦中に施工された耐弾層を撤去しました。耐弾層を撤去すると、その下に埋もれていた昭和に建設された高欄が約55年ぶりに出現しました。東京都水道局では、昭和の山口貯水池建設と当時の土木技術を後世に伝えるため、親柱とともに一部を保存・展示しています。
平成10年(1998年)に始まった堤体強化工事では、第二次世界大戦中に施工された耐弾層を撤去しました。耐弾層を撤去すると、その下に埋もれていた昭和に建設された高欄が約55年ぶりに出現しました。東京都水道局では、昭和の山口貯水池建設と当時の土木技術を後世に伝えるため、親柱とともに一部を保存・展示しています。
| 名前 |
旧高欄 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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案内板に「高欄 ここに展示してある高欄は、昭和2年完成時に設置されていたものです。村山貯水池には、太平洋戦争時に爆弾から堤体を保護するために設置した耐弾層(玉石を積み、コンクリートで固めたもの)がありましたが、堤体の強化工事に伴い耐弾層を撤去したところ、コンクリートの中からこの高欄が建設当時の姿で出現しました。耐弾層に覆われていたために、色や形などは建設当時の状態でした。東京都水道局では、当時の土木技術を後世に伝える貴重な近代土木遺産として、ここに保存・展示しています。」と書かれている。