迫力の仁王像と歴史、龍頭寺の魅力。
鳥海山 龍頭寺の特徴
龍頭寺は平安時代の11面観音様を拝める貴重な場所です。
本堂の玄関には独特な前掛けをつけた仁王像があります。
出羽十三佛霊場に指定された、真言宗智山派の寺院です。
山形県飽海郡遊佐町蕨岡に所在する真言宗智山派の寺院、鳥海山 龍頭寺です。御本尊は薬師如来。大同2年(807)慈照上人の開創とされますが、新義直公が開いたとする説もあります。中世には、鳥海山を中心に真言密教を広める寺として栄えました。龍頭寺境内は国史跡鳥海山に指定されており、本堂・開山堂・観音堂は国登録有形文化財となっています。庄内三十三観音霊場第19番札所で、札所本尊は十一面観世音菩薩。
庄内三十三観音霊場の参拝でお伺いしました観音霊場第十九番札所になりお勤めは境内に建つ土蔵造りの「観音堂」で行います。鳥海山龍頭寺(ちょうかいさんりゅうとうじ)といい真言宗智山派のお寺で御本尊は薬師如来坐像で観音霊場の御本尊は十一面観世音菩薩になります。伝承によると大同二年(807年)に慈照上人により松岳山観音寺光岩院として開基されたという。また一説には貞観二年(860年)に慈覚大師円仁が鳥海山に巣くう赤鬼青鬼を退治し蕨岡に堂宇を設けたのが始まりとされ、鳥海山を龍に見立ててこの地が龍の頭にあたる事から龍頭寺と称するようになったと伝わります。蕨岡の坊名の記録上の初出時期は慶長十六年(1611年)の「鳥海山御神領検地帳」で三十三坊の名称と持分が記録され組織が整っていたことが分かります、また慶長十七年(1612年)付けの最上義光公による蕨岡への「鳥海寄進状」が残っており政治権力とも深く絡んでいたことも分かります。明暦元年(1655年)以後に松岳観音寺光岩院から鳥海山龍頭寺と寺名を改称し新義真言宗のお寺から真言宗智山派のお寺へと転派しました、それまでの龍頭寺の御本尊であった十一面観世音菩薩像は「観音堂」を建立してお祀りしています、御簾の奥に身丈三・六メートルの松の一木造り御本尊と脇侍の不動明王像(右側)と毘沙門天像(左側)をお祀りしています。龍頭寺の中世以前の史料は失われているのでこの頃の時期の修験道としての活動は不詳です、近世初期には吹浦と同様に羽黒修験との関係を維持していました。蕨岡は鳥海山の修験道の最大の拠点で龍頭寺は三十三坊からなる修験の一山寺院(衆徒)の頂上に立つ学頭寺であったと伝わります、その後蕨岡は慶応四年(1868年)に神仏判然令や明治初期の神仏分離に関わる政令、明治五年(1872年)の修験道廃止令を受けて近隣のお寺は「龍頭寺」をのぞいて衆徒は神道に改宗して現在に至っています、その際に古文書や刀剣をはじめ由緒ある品物は隣の大物忌神社に移されています。龍頭寺は明治の神仏分離以後も復飾(戒律を守ること)せずに仏教寺院として留まり現在に至っています。本堂正面向拝(庇)の下に涎掛けをつけて褪色している仁王像が一対安置されています、インド地方風の造りをした仁王像で神仏分離の際に隣の大物忌神社の随神門より移された仁王像になります。
龍頭寺(りゅうとうじ)遊佐町上蕨岡字松ケ岡真言宗 智山派。
上蕨岡地区は鳥海山から見ると龍の姿に見えるとされ、頭の部分に位置するのが龍頭寺である。鳥海修験三十三坊の学頭であり、明治の神仏分離により、大物忌神社と龍頭寺に別れ現在に至っている。本堂には、本尊の薬師如来(鳥海山大権現本地で山頂に祀られていた薬師様)、境内には現在の神社の随神門(仁王門)に祀られていた仁王様が本堂前に安置。観音堂には、立木の十一面観音菩薩が御前立ちの観音様の後ろに祀られております。庄内札所の観音様です。
大きな鳥居の神社が左側に有ります。右側にお堂がありました。ちょっと迷いましたが、境内に入ると本堂前に大きな仁王様が目立ちます。少しエヴァンゲリヲンが入ってるかな?お洒落な前掛けが素敵です。左側に土蔵造りの観音堂があります。神仏分離の時に隣の神社の山門から仁王様がお寺さんに移動してきたそうです。御住職より色々とお話しを聴きました。時間がなくて余りよく見ていませんが、再訪したいですね。2022.10.22
平安時代の11面観音様が御簾の脇からチラ見出来ます。
伝統文化を大切に守るところ。静で地味だけど、そこが良い。
蕨岡口学頭の龍頭寺。かつて、鳥海山の山頂にある大物忌神社本宮の所在について、矢島口と蕨岡口は対決。幕府の調停により蕨岡口に決まった。なので、今現在でも山頂付近は山形県の管轄。一万石の外様大名と十万石の譜代大名とでは扱いが違うのはわかっていたが、それでも争った。ここに来るまであまり良い印象はなかったが、同じように明治期以降に衰退したかと思うと、同情を禁じ得ない。羽黒山と何が違って、何処がサバイブの分け目だったのか?更なる調査を待とうか。☆ ここに来て、領土問題の基本的な解決は凡そ不可能であることを思い知った。村々の草刈場から富士山頂の県境問題、北方領土問題、イスラエルとパレスチナの領土問題まで根っこの部分は同じだ。その時代ごとの力の強さがものを言う。今更、鳥海山の山頂を分けましょうなんて言わないけど、オラが山だとアキタニアンは思っている。十和田湖も栗駒山も同様。
隣の大物忌神社の神宮寺もしくは神護寺、真言宗智山派。吹浦口は厳格に神仏分離令の煽りを喰らったようだが、吹浦口との闘争に負けながらも、こちらは多少の情状酌量があったようだ。是非とも再訪したいお寺。再訪したらご住職お手製の研究レポートを頂くことができた。
| 名前 |
鳥海山 龍頭寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0234-72-2553 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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2026.6.19鳥海山龍頭寺仁王像が迫力あります。