三笠市の清々しい神社、いちきしり。
市来知神社の特徴
明治15年に始まった歴史ある神社です。
清々しい空気に包まれた広い境内です。
神輿や天狗のイベントが開催される地域の総鎮守です。
地域を守る、古くからある神社です。
広さと静寂と品の良い佇まいでのんびり参拝できる神社です。
宮司さんが、とても気さくで良い方でした!
敷地も広く立派な神社です。とても親切にして頂きました。御朱印が頂けます。幾春別神社の御朱印も頂けます。
爽やかな雰囲気の広い境内で気持ちの良い神社です。手水舎のふくろうが可愛らしかった。直書きにて御朱印をいただきました。宮司さんのお人柄が良かったです。
老害実家に帰る前に立ち寄った神社。境内の裏林でカメラを持った人達がいたので車に望遠レンズを取りに行って近寄ってみた。「そこにいるのは神主だ。挨拶ぐらいしなさい」見知らぬ老人が私に注意してきた。「しらんがな、誰が誰だか。ここにいる人達全員に挨拶するルール? あなたの勝手なルールを他人に押し付けるな。そもそも俺に挨拶してきてない。俺を誰だか知っているのか? そう、お互い誰だかわからない状態で一方的に意見を述べてくるな!」まーこんなやりとり。どこの撮影現場にもいるが、他人に何か言いたい団塊世代の三流カメラマン。不愉快極まりないコミュ力の低い老人が毎日のようにいます。お気をつけを。北海道出身東京在住旅行者より。
2024.05.25・三笠市内のメインストリート沿いに鳥居があります。ちょうど市立病院の隣なので見つけやすいです。・参道脇に由緒書きがありました。三笠市は以前市来知村という名称だったみたいです。その名称を受け継いでいるんですね。・参道は舗装されていてとても歩きやすいです。まっすぐの参道の先に社殿が見えます。・参道左手に手水舎があります。きれいに管理されていて水もでています。・社殿は黒の屋根が重厚感があります。木製の柱や手すりは色の抜け方がいい感じですが、扉や窓はサッシ化されていて必要な対策はキチンとされているようです。・社殿内部はフローリングの床がピカピカです奥行きのある立派な社殿です。・天井から吊り下げられた太鼓と歴代宮司の写真に注目してしまいました。・御朱印をいただきに来られる方が多いんでしょうね、わかるように看板が出ていました。・御朱印をいただきながら宮司さんと色々とお話をさせていただきました。神社敷地を市立病院に貸している件や三笠市が以前は市来知村だった件、フクロウは最近森にいなく、代わりにアオバズクが住んでいる件などを聞かせていただき、アオバズクの写真もご厚意でいただきました。・参拝後、社務所にて宮司さんから御朱印を書いていただきました。「炭鉄港」の三笠市だけありスタンプが押されています。同化しつつあるフクロウのスタンプも付いています。・サラサラと書かれた字体がいい雰囲気を出しています。初穂料は500円とのことで奉納させていただきました。・北海道でも開拓の歴史が古い三笠市。石炭輸送のためすぐに鉄路が整備され、三笠のまちも賑わったことでしょう。危険な仕事に従事する炭鉱マンの神社信仰は熱心だったんだろうなと想像をしながら参拝をしました。地域の歴史に神社は深く関わっていることを再確認させていただきました。
御朱印を頂くために参拝しました。三笠のほぼ中心でとてもわかりやすく駐車スペースにも問題ありませんでした。とても親切で色々お話が出来ました。
立派な神社です。すぐ横が市立病院です。Googleナビで行ったのですが、裏側を案内されて病院の駐車場に誘導されました(笑)先に地図で位置関係を見ておいた方が迷わずに行けると思います。
| 名前 |
市来知神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
01267-2-2071 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://hokkaidojinjacho.jp/%E5%B8%82%E6%9D%A5%E7%9F%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
北海道 三笠市 宮本町 に鎮座する、市来知神社、主祭神は 天照大御神(あまてらすおおみかみ)豊宇気毘賣神(とようけひめのかみ) 大山祇神(おおやまつみのかみ)大國主神(おおくにぬしのかみ)倉稲魂神(うかのみたまのかみ)大國魂神(おおくにたまのかみ)少彦名神(すくなひこなのかみ)社格等は 旧郷社、創建年は 1886年(明治19年)、1882年(明治15年)に集治監を基盤として開村した市来知村で、初めて集治監による農耕の祭祀が営まれたのは、1885年(明治18年)6月6日のことである、1886年(明治19年)、囚人たちを使って拓かれた土地に、豊宇気毘賣神と大山祇神を祀る社が建てられ、7月4 - 5日に遷座祭と大祭が催された、1888年(明治21年)、競馬場が完成[1]。また同年には「村社創建願」を出願するが、許可が下りたのは無格社であった、それでも当時、札幌以北の道央地域で社格を有する唯一の神社だったという、1890年(明治23年)1月6日、社殿が焼失[1]。火災の原因は、博徒たちが社殿で賭博場を開いた後の火の不始末だったと言われるが、この件で捕えられた博徒はいなかった、なお、社殿は同年中に再建された、1906年(明治39年)に市来知村が幌内村・幾春別村と合併して三笠山村となると、村社昇格を求める機運が再び起こった、昇格の条件となる、社務所の建築と基本財産の造成を満たしたのち、1916年(大正5年)9月に社殿を改築し、1920年(大正8年)9月6日に村社へと昇格した、1943年(昭和18年)11月19日、郷社へと昇格1946年(昭和21年)には宗教法人となり、1951年(昭和26年)に幌内太神社を合祀する1962年(昭和37年)、競馬場を廃止、1964年(昭和39年)9月、「渡辺惟精翁 顕彰碑」が建立される、歴史的建造物、仏閣、仏像、神社巡り、パワースポット、絶景、景色撮影、日本庭園、紅葉、北海道 三笠市 宮本町 観光、三十三観音 諸願成就祈願、癒し処、御朱印集め等好きな方是非訪れて見て下さい。