紀貫之の和歌に触れる、歴史の神社。
歌懸稻荷神社の特徴
歴史ある神社で、1622年に山形城内から遷宮された場所です。
山形市中心街に位置し、アクセスが便利な街中の神社です。
境内にある神明神社での御朱印が魅力的で、デザインも格好いいです。
街中にある神社。兼頼が山形城の守護神として創建した神社だそうだ。
こじんまりとした静かな神社ですが、山形の戦国大名、最上家が信仰していたとか。地元の皆さんがひっきりなしにお参りをされており、今も地域での信仰を集めています。御稲荷様の他に、境内には伊勢神宮の末社があります。
山形駅周辺を散歩して見つけました。山形城跡のことも初めて知りました。
山形駅周辺を散歩して見つけました。山形城跡のことも初めて知りました。
2025-04-22参拝秋田では見ない立派な社務所に驚き👀御朱印いただきました。
山形駅からも近く徒歩で10分ぐらいでした。なんとなく名前からも穏やかな感じがしたのでお参りしました。参拝して初めて一粒万倍日だと知りました!とても良い日に出会えたことに感謝です。素敵な御朱印もいただきました。暖かい社務所で待たせていただけたのもありがたかったです。
#紀貫之「土佐日記」の和歌が素晴らしい!澄んだ心情が伝わってきます。その御朱印を頂戴しました。500円をお納めしました。一粒万倍の御朱印もあるようですね。次回、都合を付けて来れればいいなあ^^#照る月の流るる見れば天の川出づる水門(みなと)は海にざりける(現代語訳:照る月が西に流れ流れて、いつか海に入っていくのを見ると、あの天の川も地上の川と同じく、流れ出る河口はこの海であったのだなあ)#和歌を詠まなければ渡れなかった橋が昔はあったなんて、粋な神社だったんだねー。
2024.10.5【歌懸稲荷神社】当社は元和4年(1618年・江戸前期)に、前身であられた五佛山吉祥院という寺院が、神仏習合によって京都伏見より勧進されたお稲荷様をお祀りしたことから歌懸稻荷神社がご鎮座されるようになりました。当時は山形城下・稲荷口(現在の山形駅付近)にご鎮座なされていた寺院。お参りに来られた方々は歌を奉納するという習慣がございました。なぜなら、付近には歌を読まなければ渡ることが許されない橋があったからです。こういった歌を奉納する人々の習慣が「歌懸」の名が生まれた由来であると言われている。(歌とは、和歌・短歌・連歌)。そういった人々の風習にあやかり、稲荷神社へと姿を変える時、歌懸の名が社名として残り、歌懸稻荷神社はご鎮座なされたと思うのです。奇しくも、(1614年)に、当時山形城の11代城主であった最上義光公がこの世を去っております。つまりは、吉祥院の頃には、義光公は健在であったことが伺えます。義光公は、智将として他国の武将から恐れられていたが、文学にも長けていた人物であり、歌を詠むことを趣向としていだそうです。何とも雅やかなお話ですね。御朱印もいただきました。ありがとうございました。
鳥居と本殿の関係が少し面白いけど、いずれにしろ綺麗に整ってる神社です。丁寧に御朱印も書いてくれました。
| 名前 |
歌懸稻荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
023-622-1858 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
JR奥羽本線・左沢線山形駅東口から徒歩約5分と繁華街の中にあり比較的行きやすい神社。御朱印は、直書き・書き置きと数種類あり初穂料は500円から。