明治末期の高岡、煙突を偲ぶ。
旧南部鋳造所キュポラ及び煙突の特徴
日本の近代化を支えた歴史的な鋳造所の跡地です。
明治末期の高岡の風情が感じられる貴重なスポットです。
金屋町のシンボルとして愛されている魅力的な文化財です。
旧南部鋳造所煙突きゅうなんぶちゅうぞうしょえんとつ概要旧南部鋳造所煙突きゅうなんぶちゅうぞうしょえんとつ近代その他 / 大正 / 中部 / 富山県富山県大正/1924煉瓦造、高さ15m1基富山県高岡市金屋本町3-45登録年月日:20011012株式会社ノースランド登録有形文化財(建造物)解説炉の約7m南方の地点,石造煙道の南端に接して建つ。基部の平面は1.78m角で,高さは14.5m。煉瓦造,イギリス積で,アングル材等で補強され,基部上と頭部に装飾的な帯状部を設ける。高岡鋳物の近代を物語るシンボルとして親しまれている。文化遺産オンラインHPより。
製鉄炉本体の「キュポラ」と、そこから約7m離れた地点に建つ「煙突」が目を引きます。煙突基部の平面は1.78m角、高さは14.5mのレンガ造り。基部と頭部に装飾的な帯状部を付けているのが洒落ている。青空にレンガ色がとても美しい。高岡鋳物を物語るシンボルとして平成12年2月まで稼働していたものを、現地保存しています。「千本格子の家並み」から歩いて5分程の所にあります。
日本の近代化を支えた鋳造所の跡を偲ぶことができます。
当時の姿が偲ばれる。
金屋町のシンボル。
わかりにくい場所にあるが、明治末期の高岡の風情を想像させる。金屋に訪れた際には、ぜひ訪れたい。以下 案内板からの引用です。高岡鋳物発祥の地であるここ金屋町で、明治末期から有力な鋳物師たちが近代化を競い次々と建造したのがこの新式溶鉱炉である。新式溶鉱炉では、燃料として木炭より高熱を得ることのできるコークスが使われるようになった。キュポラにコークスと地金を入れて着火し、煙突の基部の送風口から風車で風を送る。風は煙道の中に通された鉄管を通ってキュポラに入り、コークスで熱せられた煙はキュポラ上部から抜け煙道を通って煙突から排される。排煙は鉄管を通ってキュポラに至る風を熱しながら煙突から出ていくため、熱効率が増す仕組みとなっている。当初、地金を溶解するには「たたら」と呼ばれる大きな木製のふいごを同じ調子で長時間踏み続けるという重労働が伴っていたが、この新式溶鉱炉によって近代化が図られ、一層生産効率が向上した。日本遺産国登録 有形文化財(建造物)登録年月日 平成13年10月12日文化庁。
| 名前 |
旧南部鋳造所キュポラ及び煙突 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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日曜日に訪れました。旧南部鋳造所キュポラ及び煙突は、富山県高岡市金屋町に所在する近代化産業遺産・登録有形文化財。高岡鋳物の技術が伝統的な手込め鋳物から近代的な機械化・大量生産へと移行する過渡期を示す貴重な遺構として残されています。キュポラ(コシキ)とは、鉄や銅などの金属原料をコークスとともに熱して溶かす直立型の熔解炉です。大正2年(1913年)頃に設置されました。高さ約15mにおよぶレンガ造りの煙突は、大正13年(1924年)頃に建てられたとされています。金屋町の町並みの中で一際目立つランドマークになっていますね。江戸時代以来の伝統工芸であった高岡銅器・鉄器の製造において、西洋由来の近代的な熔解設備(キュポラ)を取り入れた初期の現存例です。職人の手作業主体だった製造工程に機械化・送風装置などが導入され、生産力が飛躍的に向上した大正〜昭和期の産業発展の歴史を物語っています。鋳造所自体の操業停止後も保存運動が行われ、現在は屋根や囲いが整備されて屋外展示されています。当時を偲ぶ素晴らしい文化財ですね。ひと目見たさにやって来た甲斐がありました。