古代の水時計、漏刻の魅力。
漏刻の特徴
天智天皇が造った漏刻の復元が見られる、貴重な展示スポットです。
日本書紀に記されている歴史的な時計、漏刻の模型を楽しめます。
水時計の魅力を知る貴重な体験、古代の時の流れを感じられます。
2025年 8月14日 京都真夏の旅☀️漏刻 近江神宮『日本書紀』には、天智天皇10年4月25日(太陽暦で671年6月10日)に、近江大津宮で漏刻を用いて初めて時報を行ったと記されています。階段状に並べた複数の水槽を細いパイプでつなぎ、最下段の水槽にたまる水の量で時刻を測る装置です。
漏刻というのは、水の流れを利用して時刻を測る、古代の水時計のことです。近江神宮は、天智天皇をお祀りする神社ですが、天智天皇といえば『日本書紀』に日本初の時報制度「漏刻を設置した」と記されている人物なんです。ということで、近江神宮は日本の時計文化の聖地と言われているんです。そして、近江神宮には、当時を再現した漏刻が展示されていて、人目盛りが約10分になるように作られているそうです。また、毎年6月10日(時の記念日)には「漏刻祭」が執り行われているそうです。
実際には動いていないのかな?!天智天皇考案だそうです。
天智天皇が大津京内裏に造ったという漏刻(水時計)を石で復元したものです。パンフレットには我が国の時刻制度は天智天皇が大津京内裏に漏刻を造って「鐘鼓を鳴らして時を知ら」(『日本書紀』)せたのが始まりとありましたが、最初に読んだ時は、飛鳥が先ではないかと思いましたが、よくよく考えてみると、その当時は天智天皇はまだ中大兄のころでした。天皇として漏刻を造ったのは大津京だったということですね。時計館には漏刻の模型や説明もあります。それによると、飛鳥では漏刻の遺跡が発見されましたが、こちらではまだ発見されていないそうです。早く発見されて私達をあっと驚かせてほしいですね。
| 名前 |
漏刻 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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日本最初の時計の模型。水が上から流れ落ち、溜まった水が矢を浮かび上がらせることで、時間を知らせます。