国宝の記念館、隈研吾設計。
青井の杜 国宝記念館の特徴
司馬遼太郎が絶賛した、球磨地方の隠れ里に位置する博物館です。
隈研吾氏が手掛けた、独特なデザインの国宝記念館の建物です。
東京新国立競技場の設計者による、独創的な空間を楽しめます。
熊本県人吉市の青井阿蘇神社境内にある、国宝記念館。やたらと立派でお洒落な近代的な外観で、神社の授与所が手前に入っている。正直、地方のこの手の記念館でここまで立派な建造物はなかなか見ない。
司馬遼󠄁太郎が「日本で最も豊かな隠れ里」と称えた、球磨地方。その独特な歴史・文化、風土を端的に知るには、うってつけの施設です。
2025年3月訪問青井阿蘇神社の国宝指定10年の節目に同神社境内内に建設された木造二階建ての記念館。設計はその外観の想像通り隈研吾建築都市設計事務所。金属葺きの木造屋根に木製ルーバーは同事務所が長く手がけるお気に入りの手法。一部で部材の劣化を指摘される建築もあるが、こちらはまだ竣工2年程度のため、さすがに目立ったダメージは見受けられなかった。
2024.1 延床面積が約920平方メートルの木造2階建て。創建1200年以上の青井阿蘇神社の国宝指定10周年を記念して、隈研吾氏の設計で作られた。福川義文宮司が、この地域の特色を「保守と進取」と再認識し、隈研吾氏に設計依頼したとの事である。
国宝×無印良品=青井の森国宝記念館ご高名な建築家による建物。一言でいえば、「国宝記念館敷地内に無印良品のお守り販売所ができたら、こうなる。」そういうデザイン。展示内容は真面目で落ち着いており、青井阿蘇神社の歴史を静かに学べる場所。建物は極めてスタイリッシュ、素材感はとても上質。しかしどこか無印感……。館内にいると「丁寧な暮らし」をしたくなる。それがこの建築家の狙いかもしれない。
隈研吾氏が設計した国宝記念館です。人吉球磨の紹介コーナーや青井阿蘇神社の見所を紹介したコーナーなどがありました。現在は隈研吾氏が設計した国内外の建築物の模型を展示した企画展が開催されています。なお、展示室の観覧のほか大広間の見学のためには国宝記念館のチケットが必要となっています。いつか、国宝類が展示されたときにまた再訪問したいです。
東京新国立競技場の設計をした隈研吾氏設計の建物です。隈氏の建物だとひと目で理解できる精巧な木の造り。入場料は1,000円です。人吉・球磨地域のことを知ることの出来る展示、隈氏設計の建物の概要を見ることができます。隣接する広間に行くと解説員の方がいらっしゃって詳しい解説を聴くことができとても良かったです。枯山水の庭園、屋久杉など思考を凝らして造られたのだとよく理解することができました。青井阿蘇神社に来たらば立ち寄りをおすすめします。
| 名前 |
青井の杜 国宝記念館 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2025年8月 平日国宝青井阿蘇神社の境内に、国宝の記念館として建てられました。設計は隈研吾氏。地元の木材を多用した、人吉を紹介する素晴らしい観光案内施設となっています。二階には、刀剣展が催されていました。*******以下、趣旨文です。刀剣は、世界に比類ない日本民族特有の精神が生み出した芸術の精華と言われ、殊に「武士の魂」にまで昇華され尊ばれています。当社におきましても、刀身に「青井大明神」と刻まれた江戸時代初期の寛文5年(1665)に神に捧げられた神刀を始め、近年奉納されたものまで77振りの刀剣が伝えられていました。令和2年7月4日に発生した未曾有の大洪水は、国宝に指定された社殿群を含む境内全ての建造物を飲み込みました。刀剣も泥水をかぶり、救出された時には無惨な姿に変わり果てていたのです。40日ほど過ぎた8月13日、様々な方々のご助力を得て、クラウドファンディング「国宝・青井阿蘇神社水没奉納一千年先まで遺すプロジェクト」を開始しました。水没奉納刀の復活事業は、刀剣の救済に止まらず、神社を始め郷土の復興の兆しになると固くじ、全国に呼びかけたところ、3,261人の方からご支援をいただくことができました。9月6日、研磨師に被災した刀剣を託しました。そして、被災から100日後の10月13日に本格的な修復作業が開始され、令和3年6月16日、まず神刀「青井大明神」が以前にも増した輝きに仕上げられて当社に帰ってきたのでした。その後も順次、研ぎ上げ仕上げられています。当社に伝わる名刀とその復活の物語に、多くの方々の真心の証を感じていただければ幸いです。人吉球磨地方が発祥とされる兵法タイ捨流の宗家、龍泉館館長始め一門の方々には、被災直後から今日まで、この活動に真心込めて携わっていただいていることに感謝します。