昭和の芭蕉が訪れた歌碑。
山頭火句碑の特徴
鳳来寺山参道沿いに位置する歌碑です。
昭和放浪の俳人、種田山頭火ゆかりの地です。
歴史を感じられる名所として訪れる価値ありです。
スポンサードリンク
「昭和の芭蕉」と評された放浪の俳人、種田山頭火も訪れていたなんて 感激しました!!
スポンサードリンク
鳳来寺山参道脇にある歌碑。
昭和放浪の俳人、種田山頭火にちなんだ歌碑。
スポンサードリンク
| 名前 |
山頭火句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
種田山頭火が鳳来寺を訪れたのは、昭和14年(1939年)4月22日です。山口県湯田温泉の「風来居(ふうらいきょ)」を出発し、広島、名古屋、刈谷、知多半島から伊良湖へと渡ります。この旅の目的は、伊那の俳人井上井月(いのうえせいげつ)の墓参でした。山頭火が『一草庵日記』に「芭蕉や一茶よりも、常に路通や井月のことを考えている。彼らの酒好きや、その最期に思いを馳せている」と独白するように、井月にたいへん深い敬愛を持っていました。その旅の途中、豊橋の鈴木折嶺氏の居宅から電車で豊川まで行き豊川稲荷を参詣します。それからさらに鳳来寺鉄道、田口鉄道と乗り継いで鳳来寺の地を踏みました。鳳来寺では16句を詠んだと言われます。そのうちの4句が3つの句碑として建てられています。ここには「山の青さ大いなる御仏おはす」の句が刻まれています。山の生命力、また神秘的な霊験あらたかな鳳来寺山を感じさせる句だと思います。