桃山時代の神社で静かなひととき。
八坂神社の特徴
御祭神には素盞嗚命や聖武天皇が祭られています。
桃山時代の本殿が国の重要文化財に指定されています。
しめ縄の巻かれた杉が境内の特徴として際立っています。
東海道から橋を渡り〜看板の矢印を辿ると森の行き止まり付近に隠れる様に鎮座される神社。横にお寺も有り、駐車場もありました。社会の喧騒から離れた静かな神社。
近くのゴルフ場に行き、氣になり寄りました。暗い場所で???と思いましたが、パワーを凄く感じる場所です。池もあります。
御祭神 素盞嗚命、聖武天皇、神武天皇境内社 川枯神社(彦由伎命、川枯姫大神)式内熊野神社(熊野本宮六柱)天神社(少彦名命)八幡神社八坂社平安時代には川枯神社と呼ばれ、後に牛頭天皇社となったと伝えられています。
静かで、とてもきれいに手入れされています😊
しめ縄の巻かれた杉がある。
地元の社。静かな一時を過ごせます。
中央の本殿は桃山時代のもので重要文化財に指定されています。左隣に「式内 川枯神、川神姫命」の大きな石碑が建つ社が非常に目立つようになっていて元々は八坂では有りませんとのメッセージのようです。
案内によれば、奈良時代の天平21年(794年)に時の左大臣橘諸兄が千光寺伽藍創立の際、仏法保護のために創建されたと伝えられ、本殿は桃山時代のもので国の重要文化財に指定されているとか…屋根の反り返りが迫力あります。祭神はスサオノミコト、神武天皇、聖武天皇。平安時代には川枯神社と呼ばれ、後に牛頭天王神社となり、現在は八坂神社となっているそうです。毎年五月に川枯祭が春祭として行われているそうで、重さ375キロもある神輿を川を渡って四キロの道のりを練り歩くそうな…今日はもともとは水口図書館の近くで見た甲賀市で国指定の重要文化財がある神社仏閣でまだ行けていなかった千光寺に行くつもりがここに行きつきました。なんのことはない、ここは千光寺(川枯寺)の守り神でお寺さん自体は下の道を更に進んだところにありました。マップ自体もとぼけています。おそらくマップで調べても数十キロも離れた県外の千光寺が出てくるでしょう。
専用の駐車場がありました。
| 名前 |
八坂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0748-62-6688 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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八坂神社(やさかじんじゃ)。滋賀県甲賀市水口町嶬峨(ギカ)。式内社(小)川枯神社(カハカレノ)二座の論社、旧村社。主祭神:(八坂神社)素盞嗚命 聖武天皇 神武天皇(川枯神社)川枯姫命資料によると、創祀年代は不詳。江戸時代には牛頭天王社、あるいは儀俄大宮(ぎかおおみや)と称していた神社。『滋賀県神社誌』によると、郷土開拓の神を祀り、川枯神を勧請とあり、天平二十一年(749)、左大臣橘諸兄が千光寺伽藍創立の際に、仏法擁護のため社殿を造営し、素盞嗚尊を主神としたという。朱雀天皇承平二年、神徳布施の故をもって儀俄大宮の号を賜ったという。「川枯神を勧請」とあり、当社を式内社・川枯神社とする説がある。また、現在は本殿左手に別祠として川枯神が祀られており、そちらを川枯神社と考える説も。『滋賀県神社誌』には、境内社が三社記されており、天神社・熊野神社・川枯社とあるが『平成祭データ』には、天神社と熊野神社の二社のみが記され、熊野神社祭神の中に川枯姫命の名がある。ということは、本殿左手の境内社は、正式には熊野神社であり、川枯社が合祀されているのだろう。『式内社調査報告』によると、天神社と熊野神社は、明治七年、千光寺境内から移されたとあり、熊野神社に本殿の川枯姫命を分祀したのかもしれない。ということで、式内社・川枯神社の後継社は、本殿左の境内社なのだろう。川枯姫命とは、饒速日命の孫・彦湯支命の妃で、出石心命の母神。出石心命の子は大水口宿禰で、水口町開拓の祖。とあります。